うたかたの記

うたかたの記

森鴎外の短編小説『うたかたの記』は、明治23年（1890年）に発表された作品で、ドイツ三部作の一つとして知られています。ミュンヘンを舞台に、日本画学生と美しい花売り娘の悲恋が描かれています。

あらすじ

日本画学生の巨勢は、留学先のミュンヘンでかつて出会った花売り娘マリイ・ハンスルと再会します。マリイの面影を忘れられずにいた巨勢は、彼女を自作のローレライのモデルにしていました。突然、マリイは巨勢にキスをしますが、友人のエキステルは彼女が美術学校のモデルだが、精神を病んでいると告げます。

巨勢はマリイをアトリエに呼び、彼女への熱い思いを伝えます。マリイは、高名な画家であった父スタインバハと美しい母を持ち、母はバイエルン国王ルードヴィヒ2世に寵愛されていた過去を語ります。父は国王から妻を守ろうとして命を落とし、母も悲しみのあまり亡くなったとのこと。その後、マリイはスタルンベルヒ湖畔の漁師に引き取られたそうです。

マリイは、父のように美術を学ぶためにモデルをしていますが、都会の誘惑から身を守るために狂った振りをしていると打ち明けます。そして、巨勢に誘われるまま、二人はスタルンベルヒ湖へ向かいます。愛を確かめ合った二人は湖を散策し、ボート遊びを楽しみます。しかし、村外れの岸辺にボートを寄せると、母への想いを断ち切れず狂人となった国王がいました。国王はマリイの姿に母の幻影を見て湖に入り、彼女を助けようとした侍医と共に湖に沈んでしまいます。

巨勢はマリイを救助しますが、その際に杭で胸を打ち、命を落とします。国王の葬儀の日、巨勢を心配したエキステルがアトリエを訪れると、彼は憔悴しきってローレライの絵の前に跪いていたのでした。

解説

『うたかたの記』は、鴎外初期の流麗な文語体で書かれた悲恋物語です。『舞姫』とは異なり、ヒロインのマリイ・ハンスルが物語の中心であり、日本人の巨勢は狂言回しのような役割を担っています。巨勢のモデルは、鴎外がミュンヘン留学時代に親交のあった画学生の原田直次郎であるとされ、ヒロインのマリイは原田の愛人の名前から取られています。

物語に登場するバイエルン国王ルードヴィヒ2世は、リヒャルト・ワーグナーのパトロンであり、ノイシュヴァンシュタイン城の建設者としても知られています。彼の水死事故は、鴎外の『独逸日記』にも記録されており、当時鴎外はミュンヘン大学に留学していました。

本作は、芸術に狂う巨勢、狂ったふりをするマリイ、そして愛ゆえに狂気に陥ったルードヴィヒ2世という、三者三様の「狂気」を描いた作品であるという解釈も存在します。

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