お宮の松

お宮の松（おみやのまつ）

お宮の松は、静岡県熱海市の東海岸、国道135号線に沿って立つ一本の松です。この松が全国的に有名になったのは、文豪・尾崎紅葉の代表作である新聞小説『金色夜叉（こんじきやしゃ）』において、主人公の間寛一（かんいち）と婚約者であるお宮が、身請け話のために引き裂かれる悲劇的な別れの場面が、まさにこの熱海海岸を舞台として描かれたことに由来します。

もともとこの地には「羽衣の松」と呼ばれた初代の松があり、当時は道路の中央に位置していました。明治時代に発表された『金色夜叉』が広く読まれるようになるにつれて、物語の舞台となった熱海海岸への関心が高まります。そして、1919年8月には、紅葉の門下生であった小説家の小栗風葉（おぐりふうよう）の発案により、作中の有名な一節「来年の今月今夜（こんげつこんや）…」にちなんだ句碑がこの場所に建てられました。この句碑の建立を機に、物語のヒロインの名を取って、松はいつしか「お宮の松」と呼ばれるようになり、熱海のシンボルの一つとして定着していきました。

しかし、時代の変化とともに自動車が普及し、国道沿いに立つ初代の松は、排気ガスや路面舗装の影響を受けて徐々に衰弱していきます。やがてその生命力が尽きたため、1966年11月、地元の熱海ホテル（当時、国際興業グループ傘下）からの寄贈を受け、二代目の松が新たに植樹されました。初代の松の切り株は、その歴史を伝える記念として、熱海文化会館のロビーに大切に保存されています。

二代目の松が植えられてからおよそ20年後の1986年1月には、熱海ロータリークラブの発案により、松のすぐ隣に貫一とお宮の像が建立されました。この像は、彫刻家・舘野弘青（たてのこうせい）氏の作品で、波打ち際で物思いにふけるお宮と、決別を告げようとする貫一の姿が情感豊かに表現されています。

二代目の松も長い年月を経て、枝枯れなどの老齢化の兆候が見られるようになったため、その樹勢を回復させ、将来にわたって美しい姿を保てるように、1998年から3年間にわたり専門家による樹勢活性化作業が行われました。この手厚いケアのおかげで、現在もお宮の松は青々とした葉を茂らせ、熱海海岸のランドマークとして、訪れる多くの人々に愛され続けています。

お宮の松へのアクセスは、JR熱海駅から徒歩でおよそ15分程度です。また、熱海港方面行きの路線バスを利用すれば、約5分で到着できます。松の正面には、かつてはつるやホテルという温泉旅館がありましたが、現在はその姿はありません。熱海サンビーチともほど近く、観光客にとって立ち寄りやすい場所に位置しています。

お宮の松と、それに寄り添う貫一・お宮の像は、明治の文芸作品が現代にもたらした影響を示す生きた証であるとともに、熱海の歴史と文化、そして多くの人々にとって忘れられない物語の情景を今に伝える大切な存在と言えるでしょう。

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