からし医者

上方落語の演目「からし医者」（からしいしゃ）は、病に倒れた一人の男が、評判を聞いて訪れた医者との間で繰り広げられる滑稽な応対を描いた噺です。

この演目は、元々は非常に短い小噺として伝わっていたものを、上方落語の大名跡である初代桂春団治師が大幅に加筆・改作し、一席として十分な長さを持ち、物語性豊かな噺へと発展させたものです。初代春団治師の改作手腕によって、登場人物のキャラクターが際立ち、会話の面白さが何倍にも膨らんでいます。

現在の「からし医者」は、大きく三つの部分から構成されています。物語の冒頭、病気になった男が誰かに相談する場面（この部分は端折られることもあります）に続き、医者宅を訪れた男が受付の書生と応対する中間部、そして最後にいよいよ医者本人と向き合い、診察を受ける本編とも言える後半部です。この段階を踏むごとに、登場人物たちの奇妙さや会話のズレ具合が増していく構成が見どころの一つです。

物語は、どこか間の抜けた、あるいは世間知らずな雰囲気を持つ主人公が、体の不調を訴えるところから始まります。病気になった男は、知人や近所の評判を聞いて、とある医者の家を訪ねることにします。医者宅に着くと、まず玄関先で受付の書生が応対します。この書生とのやり取りからして、すでに普通ではありません。男が症状を説明したり、名前や用件を告げたりするにも関わらず、書生はまるで話が噛み合わない、見当違いな返答ばかりを繰り返します。男の困惑と書生の頓狂な受け答えが続くこの中間部だけでも、十分に観客の笑いを誘います。

書生との一苦労終え、男はようやく診察室に通され、医者と対面します。しかし、この医者もまた、書生に劣らず、いやそれ以上に風変わりな人物です。男が懸命に症状を訴えても、医者はどこか上の空だったり、突拍子もない質問をしたり、あるいは全く筋の通らない診断を下そうとしたりします。問診も診察も、およそ常識からかけ離れた様子で進んでいきます。医者と男の会話はまるで平行線をたどり、聞いている方はそのズレっぷりに苦笑いを禁じ得ません。

ようやく診察らしきものが終わり、医者は男に処方箋を渡します。男がそれを見てみると、そこには何とも不可解な指示が書かれていました。「水一合を煮詰めて二合にして飲むこと」というのです。通常、水を煮詰めれば量は減るはずなのに、一合が二合になるという、全く意味不明な内容に男は首を傾げます。不審に思い、男が恐る恐るその理由を医者に尋ねると、医者はこともなげにこう答えます。

「それはな、水の中にワサビかカラシを山ほど入れるからじゃ」。

薬とは全く関係のない、刺激物を大量に入れるという荒唐無稽な説明に、男は思わず「そんな馬鹿な」と吹き出して大笑いしてしまいます。すると医者は真顔になって、男を諭すようにこう言い放つのです。

「アッカンベーだ。
笑ったら効かん。
笑うな。」

この、あまりにも突飛で非論理的な最後のやり取りで噺は終わります。病気を治すという本来の目的はどこへやら、登場人物たちの間の抜けた、不条理な会話そのものを楽しむ演目と言えるでしょう。

「からし医者」は、初代桂春団治師が作り上げた上方落語らしい明るさと、どこかノンシャランとした雰囲気が魅力です。書生や医者の強烈なキャラクター、そして常識が一切通用しない会話の面白さが、今も多くの噺家によって演じられ、観客を楽しませています。

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