さいたまゴールド・シアター

さいたまゴールド・シアターは、世界的な演出家として知られる蜷川幸雄氏によって立ち上げられた、年齢制限を設けたユニークな劇団です。具体的には、入団資格を55歳以上に限定しており、彩の国さいたま芸術劇場（埼玉県さいたま市）を活動拠点としていました。この劇団は、単に高齢者が演じるというだけでなく、長い人生の中で培われた深い経験や感情表現を舞台芸術の中に積極的に取り込み、新たな創造性を追求することを目指して創設されました。

その構想は2005年11月に発表され、ポーランドの演出家タデウシュ・カントールが率いた老人劇団がモデルの一つとされています。この異例の試みは発表当初から大きな反響を呼び、限られた募集人数に対し、実に千人を超える応募者が殺到しました。厳正なオーディションを経て、2006年 4月に劇団は正式に発足。当時の団員の平均年齢は66.7歳、最高齢は80歳という、まさに経験豊富なキャスト陣で構成されていました。

蜷川氏はこの劇団に、高齢者を演劇の「鑑賞者」としてだけでなく、秘めた可能性を持つ「創造者」として舞台に立たせることで、日本の演劇に深みをもたらそうという強い思いを抱いていました。彼は、人生経験を重ねた人々にしか表現できない「リアル」な演技や、喜びや悲しみといった感情の深まりが、優れた演劇を生み出す鍵であると考えていました。そして、ゴールド・シアターが、定年などを迎え人生の節目に立つ人々にとって、新たなスタートラインとなり、自己解放やもう一つの人生を創造する場となることを願っていました。

活動は、拠点である彩の国さいたま芸術劇場での本公演や中間発表を中心に展開されました。劇団員は蜷川氏演出の主要な舞台作品や、彩の国さいたま芸術劇場以外の劇場での公演にも多数出演し、その実力を広く知らしめました。初期の公演では、劇場の運営経費を大きく上回る観客動員を記録するなど、興行的にも成功を収め、彩の国さいたま芸術劇場の知名度向上にも貢献しました。

劇団が上演した作品は多岐にわたり、清水邦夫、岩松了、ケラリーノ・サンドロヴィッチ、松井周といった著名な劇作家の作品に取り組んでいます。特に清水邦夫作『鴉よ、おれたちは弾丸をこめる』は、再演や海外公演も行われ、劇団の代表作の一つとなりました。香港やパリでの海外公演も実現し、国際的な評価も獲得。こうした長年の活動と功績は、2014年には彩の国学術文化功労賞の受賞という形で讃えられています。

劇団は順調に活動を続けていましたが、2016年5月に主宰である蜷川幸雄氏が逝去するという大きな転機を迎えます。埼玉県芸術文化振興財団は蜷川氏の遺志を継ぎ、劇団の活動続行を表明しましたが、時代の流れ、特に2020年以降の世界的なパンデミックの影響と、団員の高齢化が進んだことで、集団での活動継続が困難となりました。そして、創設から15年の歴史に幕を下ろすことが決定されます。2021年12月、最終公演として太田省吾作の『水の駅』が上演され、さいたまゴールド・シアターはその活動を終えました。

さいたまゴールド・シアターが遺したものは大きく、高齢者の創造的な可能性を開拓したパイオニア的存在として、演劇界だけでなく、社会全体に高齢者の新たな生き方や役割について問いかける契機を与えました。彼らの舞台は、年齢を重ねることが「終わり」ではなく、新たな「始まり」であり、人生経験が何物にも代えがたい財産であることを証明したと言えるでしょう。

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