すきとおった銀の髪

『すきとおった銀の髪』は、日本を代表する漫画家、萩尾望都が手掛けた不朽の名作ファンタジーシリーズ『ポーの一族』の始まりを告げる短編作品です。吸血鬼（バンパネラ）として永遠の時を生きる一族の物語を描く本シリーズは、耽美で哀切な世界観で多くの読者を魅了し続けていますが、その記念すべき第1作として、1972年3月号の『別冊少女コミック』に掲載されました。

創作の背景

作者である萩尾望都氏によれば、『ポーの一族』は当初、長編三部作として構想されていました。しかし、当時の編集部からは、まだ長編連載には時期尚早として「待った」がかかったため、まずは本作のような短編を発表し、読者の反応を見ることにしたといいます。こうした短編の発表を経て、やがて当初の三部作構想に基づいた長編連載へと繋がっていったのです。

また、本作の創作において、ある一冊の書物が重要なインスピレーション源となったことも語られています。それは『コスチュームの歴史』という本に掲載されていた「エンパイヤスタイル」というドレスです。胸のすぐ下で切り替えがあり、ストレートにストンと落ちるこのスタイルのドレスが、透け感もあって非常に美しく見えたため、メリーベルにこのドレスを着せたいという思いが、本作を描く大きな動機の一つになったと作者は振り返っています。

なお、本作が発表された時点では、主人公格であるエドガーとメリーベルの正体がバンパネラであることは、明確には描かれていません。物語の展開の中で、その非日常的な存在が示唆されるに留まっています。

物語のあらすじ

物語は、ある穏やかな春の日に始まります。14歳の少年チャールズは、姉のアンナが弾くピアノソナタの音色を耳にしながらも、家庭教師の目を盗んでは外へ遊びに出るのが日課でした。そんな折、彼は町はずれの古びた屋敷に引っ越してきた一家と出会います。その一家の中にいた、まるで光を宿したかのような銀色の髪を持つ少女、メリーベルに、チャールズは一瞬にして心を奪われます。ポーツネル卿一家と名乗る彼らが住むその屋敷へ、チャールズは毎日足繁く通い、メリーベルと共に無邪気な時間を過ごします。

しかし、屋敷にはどこか不気味な雰囲気が漂っていました。メイドたちの間では、窓が一つも開かない、家の中が常にひっそりと静まり返っていて気味が悪い、という噂が囁かれます。メリーベル自身も、自分たちはいつも旅をしており、一つの場所に長く留まることはない、この町もいずれ離れてしまう運命なのだ、とチャールズに告げます。

メリーベルを失いたくないチャールズは、「いかないで！きみが好きだもの！」と切ない思いを込めて彼女を抱きしめます。メリーベルはチャールズの想いに応える代わりに、幼い頃に老ハンナおばあさんが子守唄代わりに歌ってくれたという不思議な歌を口ずさみます。「すきとおった銀の髪の少女がいましたそのあまりの美しさに神は少女のときをとめました…」チャールズはその歌をメリーベルから教わります。

春が過ぎ去らぬうちに、メリーベルは約束通り旅立ちの時を迎えます。青く冷たい瞳と巻き毛を持つ兄のエドガー、そして彼ら兄妹を引き取ったとされる美しい婦人と背の高い紳士とともに、メリーベルはチャールズの前から姿を消してしまいます。その後、姉と家庭教師が駆け落ちしたことを知ったチャールズは、なぜ自分にはメリーベルを攫って逃げるほどの機転が利かなかったのか、と長い間後悔の念に苛まれることになります。

それから30年の歳月が流れました。銀婚式を迎え、妻のために花を買って帰る途中のチャールズは、街角でメリーベルに生き写しの少女を見かけます。思わず「あなたのお母さまはメリーベルとおっしゃるのでしょう」と声をかけるチャールズでしたが、少女は自分がメリーベルという名前であり、生んでくれた母親のことは何も知らない、と答えます。チャールズは、幼い頃に遊んだメリーベルが娘に自分の名前を付けたのだろうと思い、「すきとおった銀の髪の少女がいました…」という歌を彼女に教わった話をします。すると少女は、その歌なら知っている、と言うのです。

その時、「メリーベルおいで」と呼びかける声が響きます。声の主は、30年前と全く同じ姿をした、青く冷たい瞳の巻き毛の青年でした。それはチャールズが忘れることのできない、メリーベルの兄、エドガーでした。チャールズは目の前の光景に愕然とします。さらに、エドガーに呼ばれて歩き出す少女の視線の先には、30年前と寸分違わぬ美しい婦人と背の高い紳士が立っていました。チャールズは思わず、持っていた花束からバラの花を一輪抜き取り、行きかける少女に手渡します。バラを受け取った少女は、馬車の窓から手を出して、そのバラをみるみるうちに萎れさせて去っていくのでした。

作品の時代設定

本作の物語中に明確な時代設定の記述はありませんが、読者からの質問に対し、作者や関連書籍ではいくつかの異なる年代が示されています。例えば、『メリーベルと銀のばら』最終話掲載時の情報では1820年から1850年頃、フラワーコミックス第1巻やプレミアムエディションの年表では1815年頃と記されています。いずれにしても、物語は19世紀前半のヨーロッパを舞台としていることがうかがえます。

『すきとおった銀の髪』は、『ポーの一族』という壮大な物語世界の扉を開いた、シリーズの原点ともいえる作品です。少年時代の淡い恋心と、時を超越した存在との出会い、そしてその後の衝撃的な再会を通して、バンパネラたちの孤独で永遠の旅の一端が示唆されており、読者を深く惹きつける魅力に満ちています。

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