とがび

「とがび」（戸倉上山田びじゅつ中学校アートプロジェクト）は、長野県千曲市の戸倉上山田中学校を舞台に、2004年から2013年まで開催された美術展の通称です。「中学校を美術館にしよう」を合言葉に、美術教諭の中平千尋氏の発案により始まりました。このプロジェクトは、学校の教室、廊下、グラウンドなど敷地全体を展示空間に変え、生徒たちが主体となって美術作品の制作、展示、解説を行うという、革新的な試みでした。

プロジェクトの概要

「とがび」の最大の特徴は、生徒たちが「キッズ学芸員」として、プロジェクトの中核を担った点です。美術部員や美術を選択している生徒たちは、作家の選定から共同制作、校内展示、そして作品解説まで、一連のプロセスに関わりました。この活動を通じて、生徒たちは美術作品の創造性を体験するとともに、企画力やコミュニケーション能力も養いました。近年では、科学研究部など他の部活動も発表の場として活用したり、美術部以外の生徒が自主的に場所を借りて作品を展示するなど、プロジェクトは学校全体を巻き込む活動へと発展しました。

第一回開催に先立ち、生徒たちは総合学習の時間を利用して長野県信濃美術館・東山魁夷館を訪問。館長と直接交渉し、所蔵する東山魁夷作品の借用を実現しました。館長から提示された貸し出しの条件をクリアした結果、東山魁夷のリトグラフ作品が全開催で展示されることになりました。このエピソードは、生徒たちの熱意と交渉力、そして美術館との連携の重要性を示すものです。

発案の背景

発案者である中平千尋氏は、当時の日本の学校教育において、美術教育が「制作し、見て、楽しむ力を育てる」という学習指導要領の目標を十分に達成できていないと感じていました。また、美術が一部の趣味を持つ人々のものになり、身近な存在でなくなっているのではないかという危機感も抱いていました。そこで中平氏は、従来の美術館とは異なるアプローチで、教育と社会が一体となり、美術を身近に感じられる場を提供したいと考えました。この構想が「とがび」の原点となりました。

具体的には、美術館、作家、中学生、地元作家が一堂に会し、多様な作品を展示できる場を学校の中に作り出すことを目指しました。この取り組みは、中等教育における美術教育の改善と、美術の社会的啓蒙活動という二つの側面を包含するものとして捉えられました。

プロジェクトの発展と歴史

「とがび」は、中平氏の転任先である長野市立櫻ヶ岡中学校でも「さくらび」として実施され、その後、長野市内の複数の小中学校、千曲市の小学校、近隣の中学校や高校へと広がり、2007年からは「ながのアートプロジェクト」として発展を遂げています。「とがび」は、「ながのアートプロジェクト」（学校アートプロジェクト）の一環という位置づけになっています。

「とがび」の歴史は、以下の三期に分けられます。

第一期（2004年～2006年）: プロジェクトの立ち上げ期であり、長野県信濃美術館所蔵の東山魁夷作品の借用交渉や、地域社会との連携が模索されました。
第二期（2007年～2009年）: プロジェクトが拡大し、他校との連携や、著名な作家の参加が増えました。2008年からは「メガとがび」と名称を改め、規模を拡大しました。
* 第三期（2010年以降）: さらなる発展を遂げ、多様な表現方法が取り入れられましたが、2013年を最後に開催は終了しました。

主な出展作家

「とがび」には、東山魁夷、池田満寿夫、奈良美智、ヤノベケンジなど、著名な作家が数多く参加しました。また、地域在住の作家や、他校の生徒たちも積極的に参加し、バラエティ豊かな作品が展示されました。

関連書籍

「とがび」の活動は、『とがびアートプロジェクト 中学生が学校を美術館に変えた』（東信堂、2019年）という書籍にまとめられています。この書籍は、プロジェクトの軌跡や、関係者のインタビューなどが収録されており、詳細な記録として貴重な資料となっています。

「とがび」が残したもの

「とがび」は、単なる美術展ではなく、地域社会と連携しながら、学校を創造的な活動の拠点とする試みでした。生徒たちは、自ら企画し、作品を制作し、展示することで、主体的に学び、成長する機会を得ました。このプロジェクトは、美術教育の可能性を広げ、地域に新たな価値を生み出す、その先駆けとして記憶されています。

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