どついたれ

手塚治虫の未完の傑作『どついたれ』：混沌とした戦後社会と人間の生き様

『どついたれ』は、手塚治虫が1979年から1980年にかけて『ヤングジャンプ』誌に連載した漫画作品です。第二次世界大戦末期から戦後間もない大阪を舞台に、貧困や闇市、そして人々の生き様を描き出しています。残念ながら未完に終わっていますが、その濃密な描写と人間ドラマは、多くの読者に強い印象を与え続けています。

戦後社会の闇と光を映し出す群像劇

本作は明確な主人公を置かずに、山下哲、高塚修、葛城健二、斉田知文（トモやん）、広沢明（ヒロやん）ら複数の登場人物の視点を通して物語が展開します。それぞれが異なる境遇にあり、戦後の混乱の中で生き抜こうともがく姿は、当時の社会状況をリアルに反映しています。

哲は戦災孤児として大阪駅前で暮らし、アメリカ兵を傷つけたことで逃亡生活を送ります。葛城の会社に身を寄せますが、妹の悲しい境遇や過去のトラウマに苦しんでいます。高塚は手塚治虫自身をモデルにした漫画家で、戦後の焼け野原で漫画家としての道を歩み始めます。葛城は実在のベビーカーメーカー創業者がモデルで、戦後、バックル製造会社を興します。トモやんやヒロやんは実在の人物をモデルとした、義賊を自認する熱血漢です。

これらの登場人物たちは、それぞれの立場や事情を抱えながら、闇市や貧困、そして様々な人間関係の中で葛藤し、友情を育み、生き抜いていきます。彼らの物語は、戦後の日本の混沌とした社会状況を多角的に描き出し、当時の社会の光と影を浮き彫りにしています。

手塚治虫と実在の人物たちの物語

特筆すべき点は、高塚修以外に、葛城健二、トモやん、ヒロやんの3人の主要人物に実在のモデルがいることです。葛城のモデルはベビーカーメーカー「アップリカ」の創業者、葛西健蔵氏。トモやんとヒロやんのモデルは、葛西氏と関わりがあった津田友一氏と廣瀬昭夫氏です。手塚治虫は、葛西氏らとの交流を通して、戦後の社会や人々の生き様に深く触れ、それを本作に反映させました。

特に、手塚虫プロダクションの倒産による多額の負債を抱えた際、葛西氏や津田氏、廣瀬氏から大きな助けを得た経験は、本作の創作に大きく影響を与えたと考えられます。この個人的な経験が、作品に深みとリアリティを与えていると言えるでしょう。

未完に終わった物語とその後

『どついたれ』は、連載途中で打ち切りとなり、未完の作品として残っています。ヤングジャンプ誌の刊行形態変更や手塚氏の遅筆などが原因とされています。しかし、その未完であることが、かえって読者に多くの想像力を掻き立て、作品の魅力を高めているとも考えられます。

その後も『どついたれ』は、単行本として何度か刊行されており、ラジオドラマ化もされています。未完の作品でありながらも、多くの読者やクリエイターに影響を与え続けている、手塚治虫の代表作の一つと言えるでしょう。

まとめ

『どついたれ』は、戦後日本の混沌とした社会を舞台に、様々な人間模様を描いた手塚治虫の自伝的漫画です。未完ながらも、その濃密な描写と人間ドラマは、多くの読者に強い印象を与え続けています。実在の人物もモデルとして登場し、フィクションとノンフィクションが交錯する独特の世界観は、読者に深い感銘を与え、考えさせられる作品となっています。未読の方は、ぜひ一度読んでみてください。

もう一度検索