わが母の記

『わが母の記』について

井上靖による自伝的小説『わが母の記』は、昭和の文豪が68歳の時に執筆された作品です。母の晩年、80歳から89歳までの人生を描き、彼との複雑な感情や思い出がつづられています。全三部作に分かれそれぞれ「花の下」、「月の光」、「雪の面」があり、彼の深い感受性が随所に表れています。

この小説は、井上自身が5歳から8歳まで伊豆の山奥で育ったことに基づいています。彼は、曽祖父の妾であった実在の人物「おぬいばあさん」とともに生活しながら、捨てられたのではないかという疑念を抱いていました。ある日、彼は母・八重から、息子を置き去りにしたという告白を聞かされ、その瞬間に彼の心に芽生えたさまざまな感情が物語に織り込まれています。母との対話を通じて、彼が得た「想い」の深さや本質に迫る様子が巧みに描かれています。

映画化

『わが母の記』は、2012年に原田眞人監督により映画化され、役所広司と樹木希林が主演しました。この映画は、井上靖が育った地である伊豆市や沼津市を舞台とし、地元の協力を得て撮影が行われました。特に井上の自邸でも撮影が行われたことから、リアリティと深みが増しています。

映画のキャッチコピーは「たとえ忘れてしまっても、きっと愛だけが残る。」であり、観客に母と子の絆の強さを印象付けます。全国223スクリーンで公開され、初日二日間での動員は10万8720人に上り、興行収入も1億1859万9200円を記録しました。映画は多くの映画祭で高評価を受け、第35回モントリオール世界映画祭では審査員特別グランプリを受賞しています。

キャストとスタッフ

主演の役所広司が演じる伊上洪作は、井上靖をモデルにしたキャラクターであり、八重役の樹木希林をはじめとして、宮崎あおいやキムラ緑子、南果歩など、豪華なキャストが揃いました。監督の原田眞人は脚本も手掛けており、作品の根底に流れるテーマは、母子の愛と記憶の重みです。

この作品は、井上靖の自伝体験に根ざした内容が心に響き、多くの人々に共感を呼び起こします。母の記憶を通じて語られる物語は、単なる家族の物語を超え、愛や別れ、そして人間の感情を深く掘り下げた普遍的なテーマを持っています。これらの要素が、井上や映画製作関係者にとってだけでなく、観客にとっても深い感動を呼ぶ要因となっているのです。

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