アトランティスのこころ

『アトランティスのこころ』（原題：Hearts in Atlantis）は、アメリカの著名な作家スティーヴン・キングによって1999年に発表された長編小説です。本書は、それぞれ発表時期が異なる5つの独立した、しかし密接に関連する中短編から構成されており、登場人物、場所、そして出来事が複雑に絡み合いながら、時間の流れに沿って物語が展開されます。

この作品の主要なテーマは、キング自身も属するベビーブーマー世代、すなわち第二次世界大戦後の好景気の中で生まれた世代のアメリカ人たちが経験した人生の軌跡、彼らが直面した社会の変化、困難、そして喪失の物語です。過去と現在が交錯し、様々な「こころ」の形が描かれています。

物語の基盤をなすのは、作品中最も長い第一部である「1960年 黄色いコートの下衆男たち」です。この章は1960年のコネティカット州ハーウィックを舞台に、11歳の少年ボビー・ガーフィールドの視点を通して語られます。ボビーは、自身の欲求を優先する母親リズと二人で暮らしており、リズは自転車を欲しがる息子に金がないと言う一方で、自身は新しい服を次々と購入するという身勝手さを見せます。ボビーの11歳の誕生日、リズは誕生日カードに紛れ込ませて成人用の図書館カードを贈りますが、この頃のボビーは、母親が職場の上司ドン・バイダマンから性的な関係を強いられているという事実を知る由もありませんでした。ボビーは、この夏を親友のジョン・サリー・サリバン、そしてキャロル・ギャーバーと共に過ごします。

そんなボビーたちが住むアパートの二階上に、テッド・ブローティガンという名の初老の紳士が引っ越してきます。母親のリズはテッドに対して露骨な嫌悪感を抱きますが、ボビーは異なった反応を示します。テッドはボビーと読書を通じて交流を深め、特にウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』を贈ることで、多感な少年ボビーの心に強い印象を残します。リズはテッドがボビーに何か危害を加えるのではないかという漠然とした不安を口にしますが、その不安は、息子への関心の薄さに対する自身の自責の念とも混じり合っていました。ボビーは、こうした複雑な母親の感情や置かれた状況を感覚的に理解しながらも、言葉にして表現することはできず、母親とテッドが直接関わるのを避けようとすることで事態をやり過ごします。テッドがボビーを一人の人間として尊重し、対等に接することは、ボビーにとって新鮮で驚くべき経験でした。視力が衰えてきたというテッドは、ボビーに毎日新聞を読み聞かせてくれたら報酬を支払うと提案します。二人の交流が深まるにつれて、ボビーはテッドが時折、深い瞑想状態に陥るのを目撃し、やがて彼が常識を超えた不思議な超能力を持っていることを悟るのです。このパートでは、ボビーとテッドの心の繋がり、子供たちが共に過ごした二度と戻らない夏の思い出、そして少年が直面する様々な「怖れ」と、そこから生まれる「成長」の過程が繊細に描かれています。

本書には、他に以下の作品が収められています。

1966年 アトランティスのハーツ
1983年 盲のウィリー
1999年 なぜぼくらはヴェトナムにいるのか
1999年 天国のような夜が降ってくる

特に「盲のウィリー」については、単行本に収録されたバージョンとは内容が大きく異なる初期稿が、1994年に文芸誌「アンタイオス」に掲載されたことが記録されています。

また、『アトランティスのこころ』は、スティーヴン・キングが長年にわたり執筆を続ける壮大なファンタジーサーガ、『ダーク・タワー』シリーズとも深く関連を持つ作品として知られています。

本書は、2001年にスコット・ヒックス監督によって映画化されました。主演はアンソニー・ホプキンスが務めています。映画版は、主に原作の第一部「1960年 黄色いコートの下衆男たち」と最終部「1999年 天国のような夜が降ってくる」のエピソードを抽出し、再構成しています。映画では、主人公ボビーの設定が原作の少年から写真家へと変更されています。また、原作が持つ『ダーク・タワー』シリーズとの明確な繋がりは意図的に排除され、一つの独立した物語として完結する形をとっています。上映時間は約101分で、アメリカではMPAAによりPG-13指定（13歳未満の鑑賞は保護者の強い注意が必要）がなされました。この映画作品は、公開の数ヶ月前に心臓発作で急逝した撮影監督、ピョートル・ソボチンスキーに捧げられています。

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