アドニス会

アドニス会と男性同性愛雑誌『ADONIS』：戦後日本のゲイ文化を彩った先駆者たち

戦後間もない1950年代初頭、日本の男性同性愛者の世界に、大きな影響を与えたサークルがありました。それが「アドニス会」です。ギリシャ神話のアプロディーテーに愛された美少年、アドニスにちなんで名付けられたこの会は、会員制の男性同性愛サークルとして、日本のゲイ文化史に重要な足跡を残しました。別名「ギリシャ研究会」とも呼ばれたアドニス会は、1952年9月10日、日本初の会員制ゲイ雑誌『ADONIS』を創刊するなど、その活動は多岐にわたりました。

発起人メンバーと会員数

アドニス会の創設メンバーには、錚々たる顔ぶれが揃っていました。英文学者で元公爵の岩倉具榮氏、編集者の上月龍之介氏、性風俗研究家の高橋鐵氏、そして原比露志（原浩三）氏、比企雄三氏、書家で中国文学者の伏見冲敬氏など、各界の著名人が名を連ねています。会員数は1960年頃には約300名に達したと推測されています。ただし、アドニス会には、現代的な意味での「ゲイ解放運動」のような志向はなかったとされています。

雑誌『ADONIS』とその関連誌

アドニス会の活動の中心は、なんといっても会員制雑誌『ADONIS』の発行でした。1952年から1962年まで刊行された『ADONIS』は、表紙に「ADONIS -THE MAGAZINE OF ADONIS SOCIETY-」と印字され、会員たちの交流や表現の場となりました。創刊号の編集長を務めたのは、性風俗雑誌『人間探究』の編集者でもあった上月龍之介氏です。『人間探究』には同性愛に関する投書も多く寄せられており、それが上月氏に『ADONIS』創刊の決意をさせた一因とも考えられています。『人間探究』は高橋鐵氏が主催し、『あまとりあ』も手掛けていたことから、両誌の執筆陣が『ADONIS』にも参加するなど、密接な関係がありました。

『ADONIS』は単なる機関誌ではなく、質の高い文学作品も掲載していました。15号からは、作品社（第２次）の田中貞夫氏が編集長を引き継ぎ、彼の伴侶である作家・編集者の中井英夫氏が碧川潭名義、後に塔晶夫名義で作品を発表。後に有名になる「虚無への供物」の原型となる作品も掲載されています。他にも、三島由紀夫氏が「愛の処刑」を榊山保名義で寄稿（1960年）、塚本邦雄氏が菱川紳名義で複数の作品を発表するなど、著名な作家たちの作品が『ADONIS』を彩りました。さらに、『ADONIS』には小説集『APOLLO』や会員の手記集『MEMOIRE』といった関連誌も発行されました。

廃刊とその後

1962年、警察の取り締まりによって『ADONIS』は廃刊を余儀なくされます。この出来事は『風俗奇譚』誌上で報道され、後の商業ゲイ雑誌の隆盛への布石となったとされています。

アドニス会の意義

アドニス会と『ADONIS』は、戦後日本の男性同性愛者のコミュニティ形成に貢献し、初期のゲイ文化の醸成に大きな役割を果たしました。著名な文化人や作家たちの参加は、その活動にさらなる重みと光を与えています。彼らの活動は、現在に至るまで続く日本のLGBTQ+文化の礎を築いたと言えるでしょう。会員たちの文学作品や手記は、当時の同性愛者の生き様や社会状況を理解する上で貴重な史料となっています。また、『ADONIS』は後の商業ゲイ雑誌の原型ともなり、日本のゲイ雑誌の歴史において重要な位置を占めていると言えるでしょう。

代表的な掲載作品

以下、『ADONIS』および関連誌に掲載された代表的な作品をいくつか紹介します。

『ADONIS』52号: 光井竜一「パリのカナリア」、原浩三「仏教の装いをしたアドニス」、林永峯「長崎のセバスチャン」、山本有二「三都物語」、林たかし「ひき潮（エピローグ）」
『ADONIS』59号: 東吉翁「男衆夜話」、武内薊「旅にん」、水田稔「男島（をとこじま）第二部」
『ADONIS』60号: 原比露志「弘法大師像と衆道」、光井龍一「東京十日物語」、菅谷梁三「幻身」
『APOLLO』Ⅰ: 菱川紳「アポロの末裔」
『APOLLO』Ⅱ: 泉啓介「太陽賛歌」、菅谷梁三「菅谷氏と二人の男の話」、菱川紳「雲母族」、碧川潭「とらんぷ譚」
『APOLLO』Ⅲ: 碧川潭「おりんぴあど譚」、菱川紳「熱月」
『APOLLO』Ⅳ: 泉啓介「短夜物語」
『APOLLO』Ⅴ: 川居孝雄「終りなき季節」、碧川潭「青蛾の嘆き」、榊山保「愛の処刑」

これらの作品は、戦後日本の男性同性愛者の精神世界や社会状況を映し出す貴重な記録として、現在も高い価値を持っています。

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