アドルフ・ヒトラーの絵画

アドルフ・ヒトラーは、ナチス・ドイツの指導者として第二次世界大戦を引き起こした人物として知られていますが、同時に画家でもありました。彼の絵画作品は、政治家としての顔とは異なる一面を垣間見せ、多くの人々にとって興味深い対象となっています。

スタイルと影響

ヒトラーの絵画の特徴は、建築物の緻密な描写にあります。彼の作品は、古典主義やイタリア・ルネサンス、新古典主義の影響を強く受けており、19世紀以前の巨匠たちの模倣に終始しているとも評されます。ルドルフ・フォン・アルトを「教師」と仰ぎ、テーマや色使いに共通点が見られるものの、アルトが自然や建築物を包括的に描いたのに対し、ヒトラーの作品は建築物に重点が置かれている点が異なります。

歴史

芸術家への野心

ヒトラーは若い頃、画家を志し、ウィーン美術アカデミーを受験しましたが、二度とも不合格となりました。アカデミーの教授からは、絵画よりも建築の分野で才能を発揮するよう勧められましたが、中等学校を中退していたヒトラーはそれを受け入れませんでした。その後、ヒトラーはウィーンでポストカードや風景画を制作・販売し、糊口をしのぎました。ミュンヘンのカフェで大御所の画家との出会いを期待しましたが、その夢が叶うことはありませんでした。しかし、ヒトラー自身は、政治家ではなく芸術家としての道を歩みたいと考えていたようです。

ウィーン時代

1908年から1913年にかけて、ヒトラーはポストカード制作や家屋の絵を描いて生活していました。1910年には自画像も描いています。これらの作品は、彼の初期の画業を知る上で貴重な資料となっています。オーストリアの商人サミュエル・モルゲンシュテルンは、ヒトラーの初期のビジネスパートナーであり、彼の作品を数多く購入しました。モルゲンシュテルンの顧客リストから、若き日のヒトラーの絵を購入した人々が判明し、その多くがユダヤ人であったことも特筆すべき点です。

第一次世界大戦

1914年、ヒトラーは第一次世界大戦に従軍し、前線でも絵を描き続けました。この時期の作品は、農村の家屋や救護施設などをテーマにしており、彼の画家としての活動の終焉を告げるものとなりました。

オークション

第二次世界大戦後、アメリカ軍はヒトラーの絵画を大量に接収しましたが、その多くは現在もアメリカ政府によって保管されており、公開されていません。一方、個人蔵のまま接収を免れた作品は、2000年代に入ってからオークションにかけられるようになり、数万ドルという高値で取引されています。2009年には、15枚の作品が約10万ポンドで落札され、2014年には、ミュンヘンの古い役所を描いた水彩画が約13万ユーロで落札されました。これらのオークションの結果は、ヒトラーの作品に対する関心の高さを示すものとなっています。

作品数

研究者の推計によれば、ヒトラーが生涯で完成させた作品は300点程度とされていますが、彼自身は自伝の中で、ウィーン時代には1日に2、3枚の絵を描いていたと述べています。ペーター・ヤーンは、ヒトラーの作品に最も詳しい人物の一人であり、彼とのインタビューの中で、ヒトラーは1908年から1914年の間に1000枚以上の絵を描いたと語っています。ヤーンは、ヒトラーがオーストリアを併合する前に、ヒトラーの初期作品の回収を任されており、その多くは破棄されたと考えられています。

批評

ヒトラーの作品は、その芸術的価値について様々な評価がなされています。ジョン・ガンサーは、「単調で、想像力がない、ただの建築家のスケッチ」と酷評しており、ウィーン美術アカデミーの教授陣が建築分野に進むよう勧めたのも無理はないと述べています。一方、匿名の美術評論家は、ヒトラーの絵を見て「とても素晴らしい」と評価する一方で、人物画については「作者が人間にまったく興味がない」と評しています。また、フラテッリ・アリナーリ社の著書では、ヒトラーの作品に表現主義特有の「陰鬱さ」があると指摘されています。

主な作品

ミュンヘンのアルター・ホーフ中庭

1914年に描かれた水彩画で、広い城館と石畳の庭を描いた作品です。この作品は、ヒトラーが芸術家としての自立を目指し、絵画制作に没頭していた頃の様子を伝えています。画面には、建物を厳密な線で描写する水彩の技術と、左手の木々を柔らかい線で描く対比が見られます。学者のチャールズ・スナイダーは、ヒトラーの多くの水彩画に共通する特徴として、「水と緑に囲まれた質素な建物には細心の注意が払われているが、植物はただの枠として描かれている」と指摘しています。この絵は、米陸軍戦史センターに収蔵されていますが、その性質から一般公開はされていません。

ヒトラーの絵画は、その作者の歴史的背景から、単なる美術作品としてだけでなく、歴史資料としても重要な意味を持っています。彼の作品を通して、政治家としてのヒトラーとは異なる一面を知ることができ、彼が抱いていた芸術家としての夢と、その挫折を垣間見ることができるでしょう。

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