アノミー

アノミー：規範の崩壊と個人の葛藤

アノミーとは、社会の規範が弱体化したり、崩壊したりすることで生じる、無秩序や無規範の状態を指す社会学の重要な概念です。フランスの社会学者、エミール・デュルケームが『社会分業論』（1893年）と『自殺論』（1897年）で初めて体系的に論じ、注目を集めました。ギリシャ語で「無法律状態」を意味する言葉がその語源です。

デュルケームにおけるアノミー

デュルケームは、社会が高度に分業化する中で、個々の役割が専門化し、互いに連携が取れなくなることで、社会全体を統合する規範が不足する状態をアノミーと捉えました。『社会分業論』では、この状態が社会不安や混乱を引き起こすと論じています。

さらに『自殺論』では、アノミーを個人の心理状態にも結び付けました。経済の急激な変化や社会の激変などによって、人々の欲望が制限なく膨れ上がり、現実とのギャップが大きくなった際に、個人が目的を見失い、葛藤を抱える状態をアノミーと定義しています。

デュルケームは自殺を、自己中心的自殺、利他的自殺、アノミー的自殺、宿命的自殺の4種類に分類し、アノミー的自殺は、社会変動や価値観の混乱によって引き起こされるものと説明しました。例えば、急激な経済発展や性的自由化によって、従来の規範が通用しなくなり、個人が行き場を失い、絶望に陥る状況が考えられます。

デュルケーム以降のアノミー概念

デュルケーム以降、アノミー概念は様々な社会学者によって発展・修正されてきました。アメリカの政治学者、セバスティアン・デ・グレージアは、アノミーを「単純アノミー」と「急性アノミー」に分類し、より詳細な分析を行いました。

特に大きな影響を与えたのが、アメリカの社会学者、ロバート・キング・マートンの緊張理論です。マートンは、社会が共有する文化的目標（例えば、経済的成功）と、その目標達成のための制度的手段（例えば、教育や勤勉な労働）の間に大きな乖離がある場合に、アノミーが生じると主張しました。

例えば、経済的成功という目標を強く意識する一方で、教育や就職の機会に恵まれない人々は、社会規範に従うことができず、犯罪や逸脱行為に走る可能性が高まります。マートンの理論は、アノミーと犯罪行動との関係を明確に示した点で重要です。

アノミーと現代社会

現代社会は、グローバル化や情報化の進展によって、急速な変化を経験しています。価値観の多様化、社会不安の高まり、経済格差の拡大など、アノミーが生じやすい状況が数多く存在します。

例えば、情報化社会では、大量の情報が溢れ、人々は様々な価値観やライフスタイルに触れる機会が増えます。しかし、同時に、情報過多による混乱や、価値観の相対化による不安定感が生じる可能性もあります。

また、経済格差の拡大は、社会の分断を招き、社会規範の弱体化につながる可能性があります。貧困や失業は、個人の絶望感を高め、犯罪や社会不安の増大へとつながる可能性も懸念されます。

アノミーは、社会構造や個人の心理状態に深く関わる概念であり、現代社会の様々な問題を考える上で、依然として重要な視点を提供しています。今後の社会を考える上で、アノミー概念を理解することは、社会の健全な発展に不可欠です。

もう一度検索