アポステリオリ

アポステリオリ (a posteriori)

「アポステリオリ」（羅: a posteriori）とは、ラテン語で「より後のものから」という意味を持つ言葉です。哲学の分野で特に重要な概念として用いられ、時間や経験の「後から」得られる知識や認識方法を指します。この言葉の使い方は、歴史的に変遷を経てきました。

歴史的な変遷

中世のスコラ学においては、「アポステリオリ」は、観察された結果や既知の事柄から出発し、その原因や原理をさかのぼって推論する帰納的な思考方法を意味していました。例えば、様々な生物の個体（結果）を観察し、そこから種の一般的な特徴（原因・原理）を導き出すといった場合に使われます。

しかし、18世紀の哲学者イマヌエル・カント以降、「アポステリオリ」はより限定的かつ決定的な意味を持つようになります。カント哲学における「アポステリオリな認識」とは、感覚的な経験に基づいて得られる知識、すなわち後天的な、生まれつきではない認識能力や内容を指すようになりました。これは、経験に先立って存在する先天的・生得的な認識や概念を指す「アプリオリ」（羅: a priori、「より前のものから」）の対義語として確立されます。

アポステリオリな知識の性質

アポステリオリな知識は、常に具体的な経験に依存しています。私たちは五感を通じて外部世界から情報を受け取り、それを基に知識を形成します。例えば、「水は摂氏100度で沸騰する」「太陽は東から昇る」といった知識は、繰り返し経験を観察することによって得られます。このような知識は、私たちが実際に経験したことの範囲内では真実として有効ですが、未来の経験や未観察の事象に対して、絶対的な普遍性や必然性を保証するものではありません。

経験に基づく知識は、新たな経験によって修正されたり、例外が見つかったりする可能性があります。例えば、「カラスはすべて黒い」という知識は、これまでに多くの黒いカラスを観察した経験から得られますが、白いカラスが存在しないことを経験だけで断言することはできません。したがって、アポステリオリな知識は、一般的にアプリオリな知識（例えば論理的な真理や数学的な命題など）と比べて、その確実性において違いがあるとみなされることがあります。

哲学史の中には、経験に左右されるアポステリオリな知識よりも、理性によってのみ把握されるアプリオリな知識をより確実で真理に近いものと位置づける思想も存在しました。

カント哲学におけるアポステリオリとアプリオリ

カントは、経験に基づいたアポステリオリな認識の重要性を認めつつも、それが単独では完全な認識を構成しないと考えました。彼の批判哲学によれば、私たちが世界を認識するためには、感覚器官を通じて受け取る多様な経験内容（これがアポステリオリな要素です）だけでなく、人間が生まれつき備えている、経験を整理・理解するためのアプリオリな認識形式が必要不可欠です。

具体的には、時間や空間といった直観の形式や、因果性などの悟性のカテゴリーといったアプリオリな枠組みが、アポステリオリな感覚入力を整理し、対象として認識することを可能にします。カントにとって、アポステリオリな経験内容は認識の「素材」を提供しますが、この素材を「形作る」アプリオリな形式がなければ、単なる感覚の羅列に過ぎません。逆に、アプリオリな形式だけがあっても、経験という素材がなければ認識の「内容」が伴わず、空虚な思弁に終わってしまいます。

したがって、カントはアポステリオリとアプリオリを、認識の両輪として捉えました。経験（アポステリオリな直観）なくして客観的な対象認識は不可能であり、同様に、アプリオリな悟性の働きなくして経験を秩序だった知識として把握することはできないのです。彼は、経験を伴わない形而上学的な議論を批判し、アポステリオリな要素とアプリオリな要素が相互に補完し合うことによってのみ、真の認識が成立すると主張しました。このように、アポステリオリは必ずしもアプリオリより下位にある概念ではなく、認識の成立において相補的な役割を果たす重要な要素と位置づけられています。

関連概念

「アポステリオリ」という言葉は、哲学以外の分野でも用いられることがあります。例えば、確率論においては、ある事象に関する事前の情報（アプリオリ確率）に、新たな観測や実験結果（経験、すなわち「後からの情報」）を加えて修正・更新された確率をアポステリオリ確率と呼びます。

アポステリオリな概念は、「アポステリオリな必然性」といった形で、様相論理学など他の哲学分野でも議論されることがあります。

哲学におけるアポステリオリの概念は、経験と認識、知識の確実性といった根源的な問題と深く結びついており、現代哲学においても重要なテーマの一つです。

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