アポストロ・ゼーノ

アポストロ・ゼーノ（Apostolo Zeno、1669年 12月11日 - 1750年 11月11日）は、17世紀末から18世紀にかけて活躍したイタリアの傑出した文筆家であり、歴史研究者、そして特にオペラ台本作家として後世に大きな影響を与えた人物です。

生涯と活動

ヴェネツィアでの始まり

1669年、ゼーノはイタリアの都市国家ヴェネツィアにおいて、ギリシャ系の血を引く名門貴族の家系に生まれました。当時のヴェネツィアは、独自の文化と芸術、特にオペラが盛んな地であり、彼はそうした環境の中で育ちました。

若い頃から文学に深い関心を示したゼーノは、1691年には、ヴェネツィアで設立された主要な文学サロンの一つであるアカデミア・デリ・アニモッシ（Academia degli Animosi、「熱意ある人々の意」）の共同創設者の一人となりました。このアカデミーは、文学や学術の振興を目指す知識人たちの集まりであり、彼はここで多くの刺激を受けたと考えられます。また、後にイタリア全土に広がる新古典主義文学運動の中心となったアルカディア派と呼ばれる文学結社にも加わり、当時の文学界の潮流の中でその才能を磨いていきました。

台本作家としての成功

ゼーノが台本作家としてのキャリアを本格的にスタートさせたのは1695年です。彼が初めて手がけたオペラ台本は『幸福な欺き（L'inganni felici）』でした。この作品は翌年の1696年に、著名な作曲家カルロ・フランチェスコ・ポッラローロによって音楽が付けられ、ヴェネツィアで上演されるとたちまち大きな成功を収めました。これを皮切りに、ゼーノはオペラ台本作家としての評価を確立していきます。

特に、1705年にピエトロ・パリアーティと共同で執筆したオペラ台本『アンティオコ（Antioco）』は、空前の成功を収め、彼の名をヨーロッパ中に知らしめることとなりました。この成功は彼のキャリアにおける重要な転機となり、国外からも注目を集めるようになります。オーストリア（当時はハプスブルク帝国）の宮廷からは、ウィーンの宮廷詩人という重要な地位への招聘を受けましたが、彼はこの申し出を一度は辞退しています。

文学界への貢献

台本作家としての活動と並行して、ゼーノは文学ジャーナリズムの分野にも貢献しました。1710年には、ピエトロ・カタネッリ（Pietro Caterinelli）らと共に、イタリアの文学情報を紹介する定期刊行物『イタリア文学新聞（Giornale de' Letterati d'Italia）』を創刊しました。この新聞は、当時のイタリアにおける文学や学術の動向を知る上で貴重な媒体となり、彼が単なる台本作家ではなく、幅広い知識と見識を持つ文筆家であったことを示しています。

ウィーンでの宮廷詩人として

1718年、ゼーノは遂にオーストリア宮廷からの再度の招きに応じ、ウィーンへと移り住みました。彼は神聖ローマ皇帝カール6世の宮廷詩人（Poeta Cesareo）として、その才能を振るうことになります。ウィーン宮廷は当時のヨーロッパにおける音楽文化の一大中心地であり、彼はここで数多くのオペラやオラトリオ（聖史劇）のための台本を執筆しました。これらの作品の多くは、当時宮廷楽長を務めていたアントニオ・カルダーラによって作曲され、ウィーン宮廷の公式行事や祝祭において上演されました。

宮廷詩人としての職務は多忙であり、彼は約11年間にわたりウィーンで精力的に活動しました。この間、彼の台本はウィーン宮廷の音楽生活において欠かせない要素となり、彼の名声は一層高まりました。

帰国と晩年

1729年、ゼーノは長年務めたウィーン宮廷詩人の職を辞することを決意し、故郷ヴェネツィアへと戻りました。彼の後任には、彼と同じく優れた台本作家であり、後にオペラ・セリア様式を確立する上で極めて重要な役割を果たすピエトロ・メタスタージオが就きました。ゼーノの引退は、まさに新しい世代へのバトンタッチを象徴する出来事でした。

ヴェネツィアに戻った後も、ゼーノは文筆活動を続けましたが、台本執筆からは距離を置くようになりました。彼はその後、歴史研究や編集作業などに時間を費やし、静かに晩年を過ごしました。1750年 11月11日、80歳でその生涯を閉じました。

功績と評価

アポストロ・ゼーノの最も重要な功績は、オペラ台本作家としての革新性です。当時のヴェネツィアで上演されていたオペラは、華やかでスペクタクルに富む一方で、筋立てが複雑でしばしば非現実的、あるいは整合性に欠けるものが少なくありませんでした。これに対し、ゼーノの台本は、より明確で論理的な筋道を持ち、人物描写も洗練されているという特徴を持っていました。

彼は、歴史上の人物や神話に基づいた題材を選び、アリストテレス的な演劇の三一致の法則（場所・時間・筋の統一）を意識した構成を取り入れるなど、劇としての完成度を高めようと試みました。このような彼の台本は、当時のオペラの質を高め、後のオペラ・セリアと呼ばれる様式が確立される上での重要な基盤となりました。彼は、オペラ・セリアの規範を築いたピエトロ・メタスタージオの先駆者として、音楽史、特にオペラの歴史において極めて高く評価されています。

文学者、歴史研究者、そして何よりもオペラ台本作家として、アポストロ・ゼーノは18世紀イタリア文化史における重要な人物の一人です。彼の洗練された台本は、後の世代のオペラ作品に深い影響を与え続けました。

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