アルキビアデスII

プラトン『アルキビアデスII』：祈願と無知の探求

『アルキビアデスII』は、プラトン名義の対話篇の一つです。副題は「祈願について」で、『アルキビアデスI』と比較して短いことから、『アルキビアデス（小）』とも呼ばれています。プラトンの真作かどうかは議論の余地がありますが、ソクラテスと青年アルキビアデスの対話を通して、祈願のあり方や、無知の無知、正義、思慮の重要性といったテーマを探求しています。

登場人物と舞台設定

登場人物は、ソクラテス（40歳頃）とアルキビアデス（20歳頃）です。アルキビアデスはアテナイの名家の子息で、後に政治・軍事指導者として活躍する人物です。物語は、祈願のため神殿へ向かうアルキビアデスをソクラテスが呼び止めた場面から始まります。

オイディプス王の例え話と「無知の無知」

ソクラテスは、オイディプス王の例えを用いて、無知なまま祈願することの危険性を説きます。オイディプス王は、息子たちの争いを祈った結果、厄災を招いたとされています。ソクラテスは、健全な判断力を持たずに祈願することの危険性をアルキビアデスに警告します。アルキビアデスは、オイディプス王は正気を失っていたからであり、健全な人はそのような祈願はしないと反論します。

このやり取りから、ソクラテスの哲学的な議論が始まります。ソクラテスは、正気と狂気、思慮深さと無思慮さを対比させながら、無知の無知（自分が無知であることを知らない状態）の危険性を指摘します。多くの人々が無思慮なまま行動し、自分の無知に気づいていないことを問題視しています。

「思慮」と「無思慮」の定義

ソクラテスは、「思慮」と「無思慮」の区別を明確化しようと試みます。「思慮のある人」とは、行うべきこと、語るべきことを知っている人、「無思慮な人」とは、そうではない人です。そして、この「無思慮」は、単なる愚かさだけでなく、様々な段階や表現を持つ概念であると説明します。例えば、「気がちがっている」「馬鹿」「阿呆」から「意気盛ん」「お人好し」まで、その度合いは様々です。

「無知」の善悪

ソクラテスは、「無知」が常に悪であるとは限らないと主張します。状況によっては、「無知」が「善」となる場合もあると指摘します。例えば、母殺しを犯したオレステスが、もし母を見分けることができないという「無知」であったならば、罪を犯さずに済んだかもしれません。しかし、最も善きものについて無知であることは、他の知識があっても、人を害する可能性が高いと強調します。

正しい「祈願」のあり方

ソクラテスは、正しい「祈願」のあり方についても議論します。スパルタ人の簡素な祈願を例に挙げ、過剰な願望や無思慮な祈願は危険であると説きます。また、神々は贈り物によって心を動かされるのではなく、「敬虔」や「正義」といった人間の魂に目を向けていると主張します。「正義」と「思慮」こそが、神々にとっても、人間にとっても尊重されるべき価値観であると結論付けます。

結論とアルキビアデスの決断

最後に、ソクラテスはアルキビアデスに、現在のまま無知な状態で祈願することは危険であり、「学び知る」まで待つべきだと忠告します。「学び知る」とは、魂の曇りを払い、善悪を見分けることができるようになることを意味します。アルキビアデスは、ソクラテスの忠告を受け入れ、祈願を先延ばしにすることを決意します。

『アルキビアデスII』の意義

『アルキビアデスII』は、短いながらも、プラトンの哲学思想の重要な側面を示す作品です。祈願という日常的な行為を通して、無知の無知、正義、思慮、敬虔といった哲学的なテーマが深く掘り下げられています。また、ソクラテスの問答形式による議論は、読者に思考を促し、自ら哲学的な問いを立てるきっかけを与えてくれます。

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