アルケプトレモス (ギリシア神話)

アルケプトレモス（古希: Ἀρχεπτόλεμος, Archeptolemos）は、古代ギリシア神話、特にホメロスによって編まれた壮大な叙事詩『イーリアス』の中にその名が見える人物です。

彼は、トロイア戦争におけるトロイア軍の総司令官であり、最も勇敢な英雄であったヘクトールに仕え、その戦車を操る御者（ヘニオコス）を務めました。当時の戦車は戦場における機動力と突撃力を担う重要な兵器であり、それを巧みに操る御者は、戦士（パラバイテス）と同等、あるいはそれ以上の熟練した技量と冷静さを求められる専門職でした。アルケプトレモスもまた、優れた御者であったからこそ、ヘクトールという偉大な英雄の傍らでその役目を担うことができたのでしょう。

彼の運命は、『イーリアス』で語られるトロイア戦争の激しい戦闘、特にトロイア軍が優勢に進めたとされる戦いの二日目、叙事詩の第八歌において決定づけられます。この戦況の中、ギリシア軍屈指の弓の使い手であるテウクロスが、幾度も強力な弓を引いてトロイア軍の陣営を脅かしていました。テウクロスは特に、トロイア軍の要であるヘクトールを仕留めることを強く意図していました。彼が放った一本目の矢は、ヘクトールをかすめましたが、近くにいた勇敢なゴルギュティオーンの命を奪いました。

続けてテウクロスが放った二本目の矢は、まさにヘクトール本人へと正確に飛来しました。しかし、ここでトロイアに味方する神々の力が介入します。光輝く神アポローンは、ヘクトールがこの一撃で斃れるのを防ぐべく、矢の軌道を絶妙に逸らしました。アポローンの神的な力によって進路を変えられたその矢は、ヘクトールを外れたものの、すぐ傍らで戦車を巧みに操縦していたアルケプトレモスの胸を貫いたのです。不意打ちであり、しかも神の意図が介在した攻撃を受けたアルケプトレモスは、成すすべなく致命傷を負い、そのまま自らが立つ戦車の上に崩れ落ち、息絶えました。

忠実な御者アルケプトレモスの突然の死を目の当たりにした主君ヘクトールは、深く悲しみました。長きにわたり自らの命を預け、戦場を共に駆け抜けた配下の死は、英雄にとっても大きな痛手であったに違いありません。しかし、容赦のない戦いの只中であったため、ヘクトールは悲嘆にくれる時間もなく、倒れたアルケプトレモスの亡骸を急いで戦車から運び下ろし、すぐにその代役を立てる必要に迫られました。彼はすぐさま、自身の兄弟であり、自身もまた御者としての腕を持つケブリオネースに戦車の操縦を委ね、自身の戦いを継続しました。

このように、アルケプトレモスは『イーリアス』において短いながらも重要な役割を果たします。彼の死は、テウクロスの弓技の脅威、アポローンの神的な庇護、そしてヘクトールの置かれた状況における迅速な判断力を示す出来事として描かれています。ヘクトールという偉大な英雄に仕え、その傍らで命を落とした忠実な人物として、アルケプトレモスの名は叙事詩の中に静かに刻まれています。

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