アルベルト・アインシュタインの家

アメリカ合衆国ニュージャージー州マーサー郡プリンストンの閑静な一角、マーサー・ストリート112番地に、20世紀最大の科学者の一人、アルベルト・アインシュタインがその生涯の最晩年を過ごした邸宅がある。彼は1935年にこの家へ移り住み、1955年に亡くなるまでの約20年間、ここで研究や思索に耽り、静かな生活を送った。

この建物自体の歴史は古く、アインシュタインが居住するずっと以前から存在していた。記録によれば、1876年には既に建てられていたとされている。元々はアレクサンダー・ストリートに位置していたが、プリンストン神学校のスチュアート・ホール建設に伴い、同じプリンストン内の現在の場所へと移築されたというユニークな経緯を持つ。外観はシンプルなコテージ風で、特別な意匠は見られない、ごく一般的な住宅といった趣である。

この家をアインシュタイン一家が所有することになったのは、彼の二番目の妻であるエルザ・アインシュタインによってである。1935年7月24日、エルザはメアリー・クラーク・マーデンから、非公開の金額でこの邸宅を購入した。その売買契約は、同年8月1日にマーサー郡書記官事務所に正式に登録されている。しかし、夫妻がここで共に過ごした時間は長くなかった。エルザは、この家に移り住んだ翌年の1936年に亡くなったのである。

エルザの死後も、アルベルト・アインシュタインはこの家で暮らし続けた。彼の晩年を支えたのは、妹のマヤ、エルザの連れ子で彼の継娘となったマーゴット・アインシュタイン＝マリアノフ（1899-1986）、そして長年にわたり秘書を務めたヘレン・デュカスという3人の女性たちであった。彼女たちと共に、アインシュタインはここで研究を続け、様々な訪問者を迎え入れた。

アインシュタインは生前、自身の死後にこの家を博物館にしないよう望んでいたと伝えられている。遺族もまた、その意思を尊重し、特別な記念施設とすることには消極的であった。しかし、その歴史的な重要性は公的に認められることとなる。アインシュタインがこの家で過ごした時期の意義を鑑み、1976年にはアメリカ合衆国の国家歴史登録財に加えられ、さらに国定歴史建造物にも指定された。

アインシュタインの没後、この家は継娘のマーゴット・アインシュタイン＝マリアノフが所有を引き継ぎ、彼女が1986年に亡くなるまでその状態が続いた。その後、この邸宅の所有権はプリンストン高等研究所（IAS）へと移された。IASの所有となった後、この家は単なる記念物としてではなく、研究所に招聘された著名な学者たちの住居として活用される時期があった。例えば、2004年にノーベル物理学賞を受賞したフランク・ウィルチェックは、1989年から2001年までIASの教授を務めていた際にこの家に居住していた。彼はプリンストンへ移る条件としてこの家への居住を求め、実際にここで大学院生向けのセミナーを開いたという逸話も残されている。また、2007年にノーベル経済学賞を受賞した経済学者のエリック・マスキンも、2011年までIAS社会科学部の教授を務める間、2012年まで家族と共にこの家に住んでいた。

現在、この家はプリンストン高等研究所が所有しているものの、個人の住宅として使用されており、一般に公開されることは一切ない。アインシュタインがここで生活したという歴史的な重要性を示す解説板なども設置されておらず、敷地の周辺には「Private Residence」（個人宅）と記された標識が、外部からの訪問者の立ち入りを防ぐために配慮深く置かれている。世界を変えた思想家が晩年を過ごしたこの邸宅は、その豊かな歴史を内に秘めつつ、静かに佇んでいる。

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