アンセルムス

カンタベリーのアンセルムス：信仰と理性の探求者

カンタベリーのアンセルムス（1033年 - 1109年）は、中世ヨーロッパを代表する神学者であり哲学者です。彼はカンタベリー大司教としても知られ、カトリック教会において聖人とされています。特に、スコラ学の父として、また神の存在論的証明を提唱したことで有名です。

生涯

修道士への道

アンセルムスは、現在のイタリア、ヴァッレ・ダオスタ州のアオスタで生まれました。父はランゴバルドの貴族、母はブルグントの貴族という裕福な家庭環境に育ちました。父はアンセルムスに政治家の道を望んでいましたが、アンセルムスは敬虔な母の影響を受け、15歳で修道院に入ることを希望しました。しかし、父の反対によりその望みは叶わず、一時的に神学の道を諦め、放蕩生活を送りました。母の死をきっかけに家を出たアンセルムスは、旅の途中でランフランクスの名声を聞きつけ、ル・ベック修道院に入りました。27歳で修道士となることを決意し、その才能を開花させました。

ル・ベック修道院での活躍

ランフランクスがカーンの修道院長に任命されると、アンセルムスはル・ベック修道院の副院長に選出されました。その後15年間、副院長として修道院を支え、ヘルルイヌスの死後、修道院長となりました。彼の指導のもと、ベックはヨーロッパ有数の神学研究の中心地となりました。この時期に、彼の代表作である『モノロギオン』と『プロスロギオン』が執筆されました。

カンタベリー大司教としての闘い

アンセルムスはランフランクスの後を継ぎ、カンタベリー大司教となりましたが、当時は聖職叙任権闘争の時代でした。イングランド国王と教皇の間で、聖職者の任命権を巡る対立が激化していました。アンセルムスは、教会の代表として、国王との間で長きにわたる闘争を繰り広げることになります。

ノルマンディー公ウィリアム1世がイングランド王となると、ル・ベック修道院との関係から、アンセルムスはイングランドにも訪れるようになりました。その温厚な人柄と信仰心から、人々からの信頼も厚く、ランフランクスの後継者として期待されていました。しかし、ウィリアム2世は王権の拡大を狙い、大司教の任命を先延ばしにしていました。ウィリアム2世の病をきっかけに、アンセルムスはカンタベリー大司教に任命されますが、その条件として、没収された大司教管区の財産の返還、宗教的な勧告の受け入れ、教皇ウルバヌス2世の承認を要求しました。

ウィリアム2世の要求により、大司教座の見返りに多大な財産の贈呈を求められたアンセルムスはこれを拒否、国王の怒りを買います。叙任には教皇からパリウムを授与される必要がありましたが、国王はアンセルムスのローマ行きを許しませんでした。その後も叙任権を巡る対立は続き、1097年にはアンセルムスは国王の許可なくローマへ向かいました。ウィリアム2世は帰国を許さず、アンセルムスの財産を没収しました。

1100年にウィリアム2世が死去し、ヘンリー1世が王位を継承すると、アンセルムスは呼び戻されましたが、ヘンリー1世も叙任権を主張したため、再び対立することになります。アンセルムスは1103年から1106年まで追放の身となり、1107年、ウェストミンスター教会会議にて、国王が叙任権を放棄することで和解が成立しました。

思想

スコラ学の父

アンセルムスがスコラ学の父と呼ばれるのは、その著作『モノロギオン』において、理性を用いて神の存在と特性を理解しようとしたからです。彼は、それまでの伝統的なキリスト教の教義を、理性的に考察するという新しいアプローチを導入しました。

「理解を求める信仰」

『プロスロギオン』は、「理解を求める信仰」という姿勢を特徴づける著作です。これは、信じることを前提として、さらに深い理解を求める姿勢を意味します。これは、盲目的な信仰ではなく、理性と信仰の調和を目指すものでした。

神の存在証明

アンセルムスの神の存在証明は、『プロスロギオン』の中で展開されています。彼は、神を「それ以上大きなものが考えられないような存在」と定義し、その存在が人間の理解の中に存在する場合、現実にも存在しなければならないと主張しました。この証明は、後に「存在論的証明」と呼ばれ、多くの哲学者に影響を与えました。

結論

アンセルムスは、中世ヨーロッパにおいて、信仰と理性の探求を推し進めた偉大な人物です。彼の思想は、スコラ哲学の基礎となり、後世の神学や哲学に大きな影響を与えました。カンタベリーの大司教として、また思想家として、その生涯は神と真理を求める不屈の精神に彩られています。

参考文献

『アンセルムス全集』（全1巻、古田暁訳、聖文舎、1980年）
『祈りと瞑想』（古田暁訳、教文館、2007年）
『中世思想原典集成 7　前期スコラ学』（クラウス・リーゼンフーバーほか、上智大学中世思想研究所編訳、平凡社、1996年）
『中世思想原典集成 第2期3 アンセルムス著作集・書簡集』矢内義顕訳（上智大学中世思想研究所編・監修、平凡社、2022年）
聖アンセルムス『プロスロギオン』長澤信壽訳（岩波文庫）1942年、各・度々復刊
聖アンセルムス『モノロギオン』長澤信壽訳（岩波文庫）1946年、復刊1988年
聖アンセルムス『クール・デウス・ホモ - 神は何故に人間となりたまひしか』長澤信壽訳（岩波文庫）1948年
印具徹『聖アンセルムスの生涯』（中央出版社、1981年）
小野忠信『アンセルムスの神学』（新教出版社、1985年）
佐々木徹『聖アンセルムス神学の教義学的研究』（サンパウロ、2013年）
カール・バルト『知解を求める信仰　アンセルムスの神の存在の証明』（吉永正義訳、新教出版社、新版2015年）
R・W・サザーン『カンタベリーのアンセルムス　風景の中の肖像』（矢内義顕訳、知泉書館、2015年）

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