アーサー・グリフィス

アーサー・グリフィス（Arthur Griffith、1871年 3月31日 - 1922年 8月12日）は、アイルランドの著名な政治家であり、近代アイルランド史において重要な役割を果たしました。彼は民族主義政党シン・フェイン党の創設者の一人に数えられ、アイルランド独立戦争の終結をもたらした英愛条約の交渉では、アイルランド側の主要な代表としてその任にあたりました。

生い立ちと初期の活動

1871年、ダブリンに生まれたグリフィスは、ウェールズ系の家系にルーツを持ち、カトリックの厳しい教育を受けて育ちました。父は「ザ・ネイション」紙の印刷工であり、グリフィス自身も父と同じく印刷工として働いています。若き日よりアイルランドの文化復興を目指すゲール語連盟や、民族主義的な秘密結社であるアイルランド共和主義者同盟（IRB）に参加し、民族運動に身を投じました。結核の療養のため1897年から翌年にかけて南アフリカを訪れた際には、そこでボーア人を支援する活動を行っています。ダブリン帰国後、彼は週刊新聞「ユナイテッド・アイリッシュマン」を創刊し、ジャーナリストとしても活動を開始しました。私生活では、15年間の長い婚約期間を経てモードと結婚し、一男一女をもうけています。

彼の政治思想は、チャールズ・パーネル率いるアイルランド議会党がイギリスの自由党と協調する姿勢を強く批判するものでした。この思想は、反リベラルな傾向で知られる「ヤング・アイランダー」のジョン・ミッチェルの影響を受けているとされます。グリフィスは社会主義者や非暴力抵抗論者を大英帝国に与する者と見なし、一方で帝政ロシアやドイツ皇帝ヴィルヘルム2世には好意的な見解を示するなど、独特の政治観を持っていました。

シン・フェイン党の創設と思想

グリフィスは1904年に、イギリス国王エドワード7世のアイルランド訪問に反対するためにCumann na nGaedhaelという組織を結成しました。この組織は翌年には他の民族主義団体と合流し、シン・フェイン党へと発展します。多くの歴史家は1905年11月28日を事実上の結党日と見ています。この日、グリフィスはシン・フェイン党綱領を発表し、1800年の合同法は不正であり、1782年憲法に基づくグレートブリテン・アイルランド両王国の連合こそが正当であると主張しました。

彼の政治思想の根幹は、1904年の著作『ハンガリーの復活』に示されています。オーストリア帝国の一部であったハンガリーが、いかにして対等なオーストリア＝ハンガリー二重帝国の一角を占めるに至ったかを論じ、アイルランドも同様にイギリスと対等な関係を持つ二重王国として再建される可能性を示唆しました。君主主義者ではなかったものの、イギリス国王を共通の君主とし、アイルランド政府が自らの島を統治するというこの構想は、後の独立運動指導者たちからは必ずしも支持されませんでしたが、ケヴィン・オイギンスなど一部には受け入れられました。

彼の政治路線は、イギリスへの宥和を目指すパーネル主義と、いかなる妥協も許さない完全独立主義の中間に位置づけられるものでした。彼はアイルランド選出の議員がイギリス下院に参加することを批判し、アイルランド独自の議会を樹立すべきだと強く主張しました。

党は設立当初、彼の二重王国案を基本方針としていましたが、次第に変化が生じます。特に、IRBのメンバーが党組織に浸透するにつれて、グリフィスの穏健な提案ではなく、完全な共和国建国を目指すべきだという主張が強まります。グリフィスは党内多数派の意見に譲歩せざるを得なくなりました。

社会的な事柄については、非常に保守的な考えを持っていました。W.B.イェイツが主導するナショナル・シアターで上演されたジョン・ミリントン・シングの戯曲を、モラルに反するものとして激しく非難し、イェイツがイギリス政府から資金援助を受けたことも批判の対象としました。また、1904年にリムリックで発生した、カトリック聖職者の支持を受けた小規模な反ユダヤ暴動に対しても、支持を表明しています。

イースター蜂起とその後の変革

第一次世界大戦中の1916年、パトリック・ピアースらが指導したイースター蜂起は、鎮圧後、イギリスおよびアイルランドのメディアによってシン・フェイン党の主導によるものと広く報道されました。指導者の処刑はアイルランドの人々に強い同情を生み、結果としてシン・フェイン党への支持が爆発的に拡大しました。しかし、新たに党に加わったメンバーの多くは、グリフィスの二重王国案ではなく、あくまで完全な共和制独立を求める急進派でした。このため、党内には路線の対立が生じ、1917年10月の党大会で党の方針は共和制確立へと転換されます。これにより、グリフィスは党首の座をエイモン・デ・ヴァレラに譲ることになりました。

独立戦争と英愛条約

1918年のイギリス下院総選挙で、シン・フェイン党は従来の支配政党であったアイルランド議会党を圧倒しました。グリフィス自身も議席を獲得しましたが、当選議員はイギリス議会への参加を拒否し、ダブリンでアイルランド独自の議会である第1回ドイル・エアランを招集しました。これにより事実上、アイルランド独立戦争が始まりました。

デ・ヴァレラが大統領としてアメリカで支持と資金集めの活動を行っている間、グリフィスは彼の代役として国内の指導にあたりました。1921年にはイギリス軍に逮捕されましたが、間もなく釈放され、その年の終わりにはデ・ヴァレラによって、イギリス政府との休戦条約締結に向けた使節団の団長に選ばれました。

イギリス政府とアイルランド共和国暫定政府の代表団による交渉の結果、英愛条約が締結されました。この条約では、アイルランド自由国が大英帝国内の自治領（ドミニオン）となること、そして北アイルランドの帰属は北アイルランド政府の決定に委ねられることなどが定められました。これらの条項は、完全独立を求める多くのアイルランド民族主義者にとっては受け入れがたいものでしたが、グリフィスはこれを現実的な妥協点であり、アイルランドにとって不利な条件ではないと考えていました。

条約は1921年末にドイル・エアランで、翌年には南アイルランド議会でも批准されましたが、これを巡る党内の対立は深刻化しました。条約に反対したデ・ヴァレラは大統領を辞任し、グリフィスが後任に指名されました。条約賛成派と反対派の分裂は、やがてアイルランド内戦へと発展します。マイケル・コリンズとの関係も悪化する中、グリフィスは心労のためか、1922年 8月12日に心臓発作で急逝しました。彼の死からわずか10日後には、コリンズも暗殺されるという悲劇が続きました。

アーサー・グリフィスの生涯は、アイルランド独立運動の変遷と深く結びついています。彼の提唱した二重王国案は最終的に実現しませんでしたが、シン・フェイン党を創設し、独立運動の初期段階で重要な思想的基盤を提供した功績、そして困難な英愛条約交渉をまとめた役割は、アイルランド現代史において無視できないものです。彼の死は、内戦の混乱の中にあった新しいアイルランド国家にとって、大きな痛手となりました。

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