イェジ・ルジツキ

イェジ・ヴィトルト・ルジツキ（Jerzy Witold Różycki、1909年7月24日 - 1942年1月9日）は、20世紀に活躍したポーランドの傑出した数学者であり暗号学者です。彼は、第二次世界大戦においてドイツ軍が使用した悪名高いエニグマ暗号の解読に決定的な貢献をしたチームの一員として、その名を歴史に刻んでいます。

生涯と教育

ルジツキは、現在のウクライナにあたるヴィルシャナで、薬剤師の家庭に四人兄弟の末子として誕生しました。キエフのポーランド系学校で学んだ後、一家は1918年にポーランドへ移住。ビシュクフの中等教育学校を経て、1927年からポズナン大学数学科で高度な数学を修め、1932年に数学の修士号を取得しました。さらに、1937年には地理学の修士号も取得しています。

彼の運命を決定づけたのは、大学在学中の1929年にワルシャワのポーランド軍参謀本部第2部暗号局がポズナン大学の協力を得て開催した、特殊な暗号学の訓練コースでした。ドイツ語に堪能だったルジツキは、この秘密裡に行われたコースに参加を認められた20数名の数学科学生の一人となりました。

暗号解読への貢献

1932年9月、ルジツキはポズナン大学の同窓生であるマリアン・レイェフスキ、ヘンリク・ジガルスキと共に、ワルシャワの暗号局で民間職員として暗号解読業務に従事することとなりました。彼らが直面したのは、当時の最新鋭暗号機であるドイツのエニグマでした。1932年12月、レイェフスキがエニグマ暗号機の内部構造を論理的に再構築することに成功した後も、ルジツキとジガルスキは協力し、この暗号を効率的に解読し情報として活用するための手法や装置の開発を進めました。

特にルジツキの功績として特筆されるのが「時計法（Clock method）」の発明です。これは、エニグマ機のローターの動き、特に最も右端にあるローターが特定の条件下で常に回転する特性を利用し、暗号文中の特定の文字の位置関係から、暗号化に用いられた鍵の一部を推定するという画期的な手法でした。この方法は、エニグマ解読に必要な時間と労力を大幅に削減し、チームの作業効率を飛躍的に向上させました。

戦時中の活動と悲劇的な最期

1939年のポーランド侵攻による国家崩壊後、ルジツキはフランス南部ユゼスに設立されたポーランドの亡命諜報機関「カディス」に参加しました。ここでは、ドイツだけでなく、他の枢軸国の暗号解読にも携わり、連合国側の諜報活動に貢献しました。しかし、彼の活動は長く続きませんでした。

1942年1月9日、アルジェ郊外の支部からユゼスの本部へ戻る途中、彼が乗船していた客船「ラモリシエール号」が地中海のバレアレス諸島沖で沈没するという悲劇に見舞われました。この事故により、ルジツキを含む222名の乗客が命を落としました。犠牲者の中には、彼と共にポーランド暗号局に所属していたピオトル・スモレンスキやヤン・グラリンスキも含まれていました。彼の墓は、クラクフの聖ペテロ・パウロ教会の国立パンテオンにあります。

家族

ルジツキは1938年にマリア・バーバラ・マイカと結婚し、翌年の1939年5月10日には息子のヤヌシュ・ルジツキが誕生しました。ヤヌシュは後にフェンシング選手として活躍し、1964年の東京オリンピックでは男子フルーレ団体で銀メダルを獲得しています。

死後の顕彰

イェジ・ルジツキとその同僚たちの功績は、死後も高く評価されています。1980年にはポーランドでエニグマ解読を描いた映画『Sekret Enigmy（エニグマの秘密）』が制作され、彼は主要人物の一人として描かれました。1980年代後半には同題のテレビドラマも放映されています。

2000年2月21日には、祖国ポーランドへの多大な貢献を称え、当時のアレクサンデル・クファシニェフスキ大統領からポーランド復興勲章大十字勲章が追贈されました。2007年には、ポズナン宮殿前にレイェフスキ、ルジガルスキと共に彼の功績を記念する記念碑が建立されています。2009年には、ポーランド郵便が彼ら3人を描いた記念切手を発行しました。また、2014年には、世界で初めてエニグマ暗号を解読した功績を讃え、IEEE（電気電子学会）からIEEEマイルストーンが授与されました。ワルシャワのポーランド科学アカデミー数学研究所前にも、彼らを讃える銘板が設置されています。さらに、2018年には、彼が通ったビシュクフの公園に記念ベンチが設置されるなど、ポーランド国内各地で彼の偉業が記憶されています。

イェジ・ヴィトルト・ルジツキは、その短い生涯の中で暗号解読史に不朽の足跡を残しました。彼と仲間たちの努力は、第二次世界大戦における連合国の情報戦において極めて重要な役割を果たしたのです。

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