インティマシー・コーディネーター

インティマシー・コーディネーター：俳優の安全と表現の調和を目指す専門職

映画やドラマ、舞台など視覚芸術作品における性的表現やヌードシーンの撮影において、俳優の安全と尊厳を守りながら、表現の質を高める役割を担う専門職が「インティマシー・コーディネーター」です。近年、ハリウッドを中心に広がりを見せ、日本でも注目を集めています。

歴史と背景

この職種の誕生は、ハリウッドにおける性的加害問題や、撮影現場におけるパワーバランスの歪みといった問題意識と深く関わっています。2017年のハーベイ・ワインスタインによる性加害事件を契機に、俳優、特に女優からの安全確保を求める声が大きくなり、イギリスを皮切りに、性的シーンの撮影ガイドラインが策定されました。

2018年にはアメリカのHBOが、2019年にはBBCやNetflixがインティマシー・コーディネーターを導入。アメリカの映画俳優組合SAG-AFTRAもガイドラインを作成し、積極的に活用を推奨するようになりました。

日本への導入は比較的遅く、2020年頃から始まりましたが、2022年には新語・流行語大賞にもノミネートされるなど、急速に認知度を高めています。しかし、職務内容や権限の範囲については、欧米各国でもまだ議論が続いている段階です。フランスでは2024年になってようやく最初のコーディネーターが活動を開始するなど、世界的に見ても導入は比較的新しい分野といえます。

インティマシー・コーディネーターの役割

インティマシー・コーディネーターは、俳優と制作陣の橋渡し役として、次の役割を担います。

俳優の安全と尊厳の保護: 撮影現場での安全管理、不必要な露出の防止、俳優の同意の確認などを行います。
演出意図の具現化: 監督の意図を理解した上で、安全かつ効果的な撮影方法を提案します。
コミュニケーションの円滑化: 俳優と監督、スタッフ間のコミュニケーションを円滑にし、撮影現場の雰囲気を良好に保ちます。
合意形成: 肌の露出などのデリケートなシーンにおいて、俳優が納得して撮影に臨めるよう、継続的な合意形成を支援します。

具体的には、撮影前に俳優と綿密に打ち合わせを行い、撮影方法、カメラアングル、身体の接触方法などを決定します。撮影中も、俳優の表情や反応を注意深く観察し、必要に応じて調整を行います。

日本における導入事例

日本では、Netflixのドラマ『彼女』で初めて導入されました。その後、アメリカで認定を受けたコーディネーターらが活動を開始し、NHKのドラマ『大奥』などでも活用されています。しかし、まだまだ導入事例は少なく、専門家の育成も課題となっています。

賛否両論と課題

インティマシー・コーディネーターの導入には、肯定的な意見だけでなく、否定的な意見も存在します。俳優ショーン・ビーンは、繊細な空気感を損なうと批判しましたが、一方で、安全な撮影環境の確保、表現の質の向上に繋がるという肯定的な意見も少なくありません。

映画『先生の白い嘘』では、インティマシー・コーディネーターを起用しない選択がなされ、社会的な議論を巻き起こしました。これは、日本における事例の少なさ、専門家の不足といった課題を示唆しています。

今後の展望

インティマシー・コーディネーターは、映画・ドラマ制作において不可欠な存在になりつつあります。しかし、職務内容の明確化、専門家の育成、社会的認知度向上など、課題も多く残されています。今後、より多くの作品で活用され、俳優の安全と表現の質を高めるために、さらなる発展が期待されます。

参考文献

西山ももこ 『インティマシー・コーディネーター--正義の味方じゃないけれど』（論創社 、2024）
Brooke M. Haney ed., The Intimacy Coordinator's GuidebookSpecialties for Stage and Screen (Routledge, 2024)

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