イヴの歌 (フォーレ)

イヴの歌（La chanson d'Ève）作品95

ガブリエル・フォーレが1906年から1910年にかけて作曲した全10曲からなる連作歌曲集です。ベルギーの象徴派詩人シャルル・ヴァン・レルベルグが1904年に発表した同名の詩集を底本としています。フランス語の発音に基づき、『エヴの歌』と表記されることもあります。

作品の性格と位置づけ

この歌曲集は、フォーレが同時期にオペラ『ペネロープ』を手がけていた間に、約5年をかけて断続的に作曲されました。初期や中期の歌曲、特に『優しい歌』のような人間的な感情や世俗的な主題とは異なり、『イヴの歌』ではより霊的で内省的な世界が探求されています。作曲家自身の言葉を借りれば、霊感の深さがこの作品を特徴づけています。評論家たちは、レルベルグの詩が持つ非現実的で永遠の存在としてのイヴの描写や、神秘主義と官能性が混じり合った世界観が、フォーレを深く惹きつけたと分析しています。また、本作はフォーレの円熟期に生み出された作品であり、すべての中に神の存在を見出す汎神論的な思想に触発され、高貴な瞑想にふさわしい、単純化され透明性の高い音楽様式が採用されています。フランス歌曲史においては、フォーレがロマンスから芸術歌曲（メロディ）への移行を推し進める中で、『優しい歌』と並んで象徴派詩と音楽の融合の重要な到達点として位置づけられています。

作曲と初演

作品は1906年から1910年の間に少しずつ書き進められました。全曲の初演は1910年4月20日、パリの独立音楽協会にて行われ、歌手ジャンヌ・ロネーとフォーレ自身のピアノによって披露されました。本作はジャンヌ・ロネー夫人に献呈されています。

詩の内容

この連作歌曲は、楽園におけるイヴの精神的な遍歴をたどります。第1曲で楽園での目覚めを迎え、次第に言葉を獲得し、周囲の自然（バラ、海、太陽）や「若い神」への呼びかけ、賛歌を歌います。魂の感動や恋心、そして「活ける水」への感謝へと続きます。第8曲では、白いバラの香りに包まれたイヴの姿と夕暮れが客観的に描かれ、続く第9曲では内なる嘆きの声に耳を澄ませます。最終曲では、死を前にしたイヴの祈りが歌われます。聖書の物語にある禁断の果実を食べる劇的な場面は直接描かれていませんが、特に第7曲以降の音楽の大きな変化によって、聴き手はその出来事の暗示や、それに伴うイヴの心の変容を感じ取ることができます。

音楽の特徴

音楽面では、『イヴの歌』は先行する『優しい歌』と比較して、より内面化され、研ぎ澄まされた表現が用いられています。音楽学者の分析によると、声楽パートは言葉を語るような自然さを持ち、和声は緊迫感を増し、書法は軽く、対位法的な要素が増すことで音楽全体の透明度が高まっています。感情の高ぶりは内面へと向かい、時に「凍結するような」印象を与える抒情性が生まれます。作品全体に漂う雰囲気は「青白い夢の世界」とも形容されます。また、フォーレが音楽を手がけたメーテルリンクの戯曲『ペレアスとメリザンド』の劇付随音楽から、特定の抽象的な5音モチーフが第9曲「たそがれ」を中心に繰り返し引用されていることも指摘されています。

楽曲構成

全10曲の構成は以下の通りです。

1. 楽園（Paradis）
アンダンテ・モルトーアンダンテ、ホ短調、3/2拍子
2. 最初の言葉（Prima verba）
アダージョ・モルト、変ト長調、4/4拍子
3. 燃える薔薇（Les Roses ardentes）
アンダンテ、ホ長調、3/4拍子
4. なんと神は輝いて（Comme Dieu rayonne）
クワジ・アダージョ、ハ短調、4/4拍子
5. 白い曙（L'Aube blanche）
アンダンテ、変ニ長調、3/4拍子
6. 活ける水（Eau vivante）
アレグレット・モデラート、ハ長調、3/4拍子
7. 目覚めているのか、陽の光のような私の薫り（Veilles-tu, ma senteur de soleil ?）
アレグレット・コン・モート、二長調、2/4拍子
8. 白い薔薇の薫りの中に（Dans un parfum de roses blanches）
アンダンティーノ、ト長調、3/4拍子
9. たそがれ（Crépuscule）
アダージョ・ノン・トロッポ、二短調、3/2拍子
10. おお死よ、星くずよ（O mort, poussière d'étoiles）
アンダンテ・モルト・モード、変ニ長調、4/4拍子

演奏時間

全曲の演奏時間は約27分です。

まとめ

『イヴの歌』は、フォーレの歌曲の中でも特に個性的で深遠な作品です。レルベルグの詩に触発された神秘的で内省的な世界観は、洗練された音楽語法によって表現され、聴き手に静かな感動をもたらします。その深みゆえに一部の愛好家に熱く支持される、フォーレ晩年の傑作の一つと言えるでしょう。

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