ウィレム・メンゲルベルク

ヨーゼフ・ウィレム・メンゲルベルク：オランダが生んだ巨匠指揮者

ヨーゼフ・ウィレム・メンゲルベルク (1871年 3月28日 - 1951年 3月22日) は、20世紀を代表するオランダの指揮者です。フランツ・ヴュルナーを師事した彼は、ベートーヴェンの系譜を受け継ぐ指揮者として、独自のベートーヴェン解釈で知られました。その音楽的才能は幼少期から顕著で、8歳で作曲した合唱曲はCD化もされています(オランダ国内盤のみ)。

音楽的才能と初期のキャリア

彼は優れた美声の持ち主でもあり、幼少期には父の彫刻工房で職人たちをまとめ、教会音楽を中心とした合唱指揮を務めていました。ケルンでの学生時代には、ヴァイオリンや管楽器などオーケストラの多くの楽器を演奏できる腕前を持ち、高い音楽性を周囲から評価されていました。しかし、肩を痛めてヴァイオリン演奏を断念せざるを得なくなり、以降は演奏活動からは身を引きました。それでも、奏法に関する深い理解は、後々オーケストラの指導に役立つことになります。

1895年、24歳の若さでアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の首席指揮者に就任。バッハの宗教曲、特に『マタイ受難曲』の演奏に強い意欲を示し、自ら合唱団を組織することを条件に就任しました。このオーディションで結成されたトーンクンスト合唱団は、1939年録音の『マタイ受難曲』などでその実力を聴くことができます。

徹底した訓練でコンセルトヘボウ管弦楽団を一流アンサンブルに育て上げ、世界的な名声を得た彼は、1922年から1930年にかけてはニューヨーク・フィルハーモニックの首席指揮者を兼任するなど、国際的に精力的な活動を展開しました。しかし、若い頃から呼吸器系の持病に悩まされ、スイスの山荘で療養するなど、健康管理に気を配りながらも、演奏会の中止が少なくないこともありました。

戦時下の活動と戦後の評価

オランダ国内ではウィルヘルミナ女王を上回る人気を誇るなど、稀に見る人気を博したメンゲルベルクでしたが、女王との関係は良好ではありませんでした。第二次世界大戦中の1940年、ドイツ軍がオランダを占領すると、ゲッベルスやザイス＝インクヴァルトから「真のオランダの象徴」として利用され、指揮活動を継続しました。このため戦後は戦犯としてコンセルトヘボウを追われ、楽壇から追放されました。スイスの山荘に隠棲した後、減刑され1952年度からの音楽活動再開が決まりましたが、その直前に亡くなりました。晩年は不遇でしたが、現在でもオランダを代表する芸術家として高い評価を受けています。

幅広いレパートリーと独自の解釈

メンゲルベルクは、バッハなどのバロック音楽から近代音楽まで幅広いレパートリーを持ち、綿密な作品研究に基づいた後期ロマン派風の濃厚な解釈、力強く情熱的な演奏で知られていました。マーラーやリヒャルト・シュトラウスからも信頼され、作品を献呈されるなど、高い評価を受けていました。

1920年代から数多くの録音を行い、コンセルトヘボウ大ホールでの貴重なライヴ録音も良好な状態で残っています。バッハの『マタイ受難曲』、チャイコフスキーの交響曲第6番『悲愴』、R.シュトラウスの『英雄の生涯』『ドン・ファン』、マーラーの交響曲第4番などの録音は、歴史的価値も高く評価されています。

ポルタメントやアゴーギクを効果的に用いたロマンティックな演奏スタイルは、彼独自の個性でした。徹底したスコア分析に基づいた指揮は、多くの注意書きが記された彼の手稿からも窺い知ることができます。マーラーは彼の解釈を高く評価し、第5番と第8番交響曲を献呈しました。シュトラウスも『英雄の生涯』を献呈しており、その演奏によって作品が聴衆に理解されるようになったことを感謝しています。グリーグやチャイコフスキーの弟からも絶賛されるなど、その演奏は多くの音楽家や聴衆を魅了しました。

新作初演と作曲家支援

彼は数多くの新作初演も手掛け、演奏した作曲家は300人にのぼると言われています。特にオランダの作曲家を積極的に支援し、文学者出身のディーペンブロックを音楽家として育成したことは有名です。バルトーク、プフィッツナー、ヒンデミット、コダーイなどの作品も初演しています。

健康上の問題により1939年は演奏会をキャンセルせざるを得ないことも多く、聴衆からの不満もあったと言われています。しかし、マーラーの交響曲第4番の演奏では、体調不良を感じさせない圧倒的な演奏で聴衆を魅了したエピソードも残っています。

エピソードと弟子

メンゲルベルクは、リハーサル前に長時間にわたる「演説」をすることで有名でした。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団（あるいはウィーン・フィル）が彼のスコアを用いて演奏した際、スコアに書かれていた「ここでジプシーの話がはじまる」という記述通りに、彼はリハーサルでジプシーの話を始めたという逸話も残っています。

彼の弟子には、フランスのチェリスト四天王の一人とも称されるモーリス・ジャンドロンがいます。ジャンドロンは当初私淑していましたが、後にメンゲルベルクから指揮法を学びました。

メンゲルベルクは、20世紀の音楽史に大きな足跡を残した、偉大な指揮者でした。

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