エジプトの映画

エジプト映画：ナイル川のハリウッドから現代アラブシネマへ

エジプトは、中東・北アフリカ地域において最も重要な映画製作国のひとつです。その歴史は、1896年、アレクサンドリアでのリュミエール兄弟による映画上映に始まります。当初はヨーロッパ人居留民が中心でしたが、映画文化は次第にエジプト社会に根付き、独自の映画産業が発展していくことになります。

初期の試みと発展

エジプト人による最初の映画製作は1922年の短編作品とされていますが、本格的な映画製作は1930年代から始まりました。ミスル銀行の支援によるミスル・スタジオ設立が大きな転換点となり、エジプト映画は独自の道を歩み始めます。第二次世界大戦後には年間50本もの映画が制作されるようになり、カイロは「ナイル川のハリウッド」と呼ばれるほど活気に満ち溢れていました。この時代の作品は、ミュージカル、コメディ、メロドラマが中心でした。

リアリズムと政府の関与

1950年のナセルによるエジプト革命後、エジプト映画はリアリズムを追求する方向へ変化していきます。サラ・アブサイフ、ユーセフ・シャヒーン、タウフィーク・サーレフといった重要な監督たちが登場し、社会や個人の生活を深く掘り下げた作品を発表しました。特にシャヒーンは国際的な評価を獲得し、エジプト映画を世界に知らしめる存在となりました。

1961年以降、エジプト映画は事実上国有化され、芸術性の高い作品も制作されるようになりましたが、政府による介入も強まりました。シャヒーンを始め、多くの監督が政府の検閲や干渉に苦悩し、自由な制作環境を求めて国外へ移住するケースもありました。サダト政権下では政府の保護は弱まり、アメリカ映画との競争が激化すると同時に、検閲は強化されました。この結果、エジプト映画は商業性を重視する娯楽作品へと回帰し、ミュージカル映画などが人気を博すことになります。シェリフ・アラファ監督の作品はその好例と言えるでしょう。

アラブの春と現代

2000年代以降、エジプト映画は政治・社会情勢の影響を受け、製作本数は変動を繰り返しています。2011年の「アラブの春」革命では、映画製作は一時的にほぼ停止しましたが、その後徐々に回復しました。近年では、独立系映画作家が注目を集め、アラブの春を題材にした作品なども制作されています。国際共同製作も盛んになり、エジプト映画は新たな段階を迎えています。

エジプト映画を語る上で欠かせないキーワード

ミスル・スタジオ: エジプト映画産業発展の原動力となった重要な映画スタジオ。
ユーセフ・シャヒーン: エジプトを代表する巨匠監督。リアリズムと社会批評を融合させた作品で知られる。
アラブの春: 2011年の革命以降、政治・社会情勢が大きく変化し、エジプト映画にも影響を与えた。
国際共同製作: 近年増加している、複数の国が共同で製作する映画の形態。

参考文献

Dickinson, K. Arab Cinema Travels: Transnational Syria, Palestine, Dubai and Beyond (2016).
Gugler, Josef (ed.), Ten Arab Filmmakers: Political Dissent and Social Critique (2015).
Elsaket, Ifdal, ‘The Star of the East: Umm Kulthum and Egyptian Cinema’, in Andrea Bandhauer and Michelle Royer (eds.), Stars in World Cinema: Screen Icons and Star Systems across Cultures 36–50 (2015).
Naficy, Hamid. An Accented Cinema: Exilic and Diasporic Filmmaking (2001).
Shafik, Viola. Popular Egyptian Cinema: Gender, Class and Nation (2007).
—— ‘Egypt: Cinema and Society’, in Kenneth W. Harrow (ed.), African Filmmaking: Five Formations 117–74 (2017).
* Shafik, Viola. Arab Cinema: History and Cultural Identity (2016).

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