エリック・ハイデン

エリック・ハイデン：氷上の伝説、五輪スピードスケート完全制覇の軌跡

エリック・ハイデン（Eric Arthur Heiden）は、スピードスケート界において伝説的な存在です。1980年のレークプラシッドオリンピックで、500m、1000m、1500m、5000m、10000mの全5種目で金メダルを獲得するという、前人未到の偉業を成し遂げました。その圧倒的な強さから「パーフェクト・ゴールドメダリスト」と呼ばれ、世界中の人々を魅了しました。また、妹のベス・ハイデンも同大会で銅メダルを獲得しており、兄妹揃ってオリンピックメダリストという輝かしい記録を持っています。

幼少期の鍛錬と挫折

ハイデンは、スポーツ好きの父親の影響で幼い頃から様々なスポーツに親しみました。3歳でスケートを始め、高校時代には早くも全米トップクラスの選手として頭角を現し、世界ジュニアスプリント選手権で2位入賞を果たします。しかし、1976年のインスブルックオリンピックでは、500m、1000mともにメダルはおろか入賞すら果たせず、当時のスケート大国であったソ連やオランダの選手たちとの実力差を痛感することになります。

無敵への変貌

インスブルックでの挫折を機に、ハイデンは徹底的なトレーニングに励むことを決意します。札幌オリンピック1500m金メダリストであるダイアン・ホルムをコーチに迎え、独自の練習メニューを開発しました。オイルを塗った床の上を滑る練習や、ゴムチューブで負荷をかけた状態でのトレーニングなど、当時としては斬新な方法を取り入れ、驚異的な肉体を鍛え上げました。太ももの太さは74cmに達したと言われています。コーチがナショナルチームのコーチではなかったため、ヨーロッパ遠征に同行できないという苦労もありましたが、ハイデンは地道な努力を続けました。

その結果、1977年から1979年まで、スプリント、オールラウンドの両世界選手権で連覇を達成。まさに無敵の存在となり、ヨーロッパの強豪たちを圧倒しました。彼のトレーニング方法は、今日ではスピードスケート選手にとって一般的なものとなっています。

レークプラシッドでの完全制覇

1980年、地元アメリカで開催されたレークプラシッドオリンピック。ハイデンの全種目制覇に、世界中の注目が集まりました。しかし、道のりは決して平坦ではありませんでした。500mでは、当時の世界記録保持者であるソ連のエフゲニー・クリコフとの対戦で、フライングによる再スタート、クリコフの転倒というアクシデントに見舞われながらも、辛くも金メダルを獲得。

続く5000mでは、「体力的にもっともきつい」と語っていたレースを、僅差で制しました。1000mは危なげなく制覇し、三冠を達成。1500mでは、レース中にバランスを崩しかけるアクシデントに見舞われましたが、持ち前の強靭な足腰で立て直し、4つ目の金メダルを獲得しました。

そして迎えた最終種目、10000m。前夜にアイスホッケーのアメリカ対ソ連戦を観戦し、興奮のあまり寝不足という状況の中、ハイデンはスタート直後から世界記録保持者であるソ連のビクター・ラスキンのペースに翻弄され、精神的なプレッシャーを受けました。しかし、コーチの冷静な指示に従い、自身のペースを守り続けた結果、ラスキンが失速。ハイデンは独走状態に入りました。

疲労困憊の中、最後の力を振り絞ってフィニッシュした結果、世界記録を大幅に更新しての金メダル獲得。空前絶後の完全制覇を達成し、冷戦下にあったソ連の新聞も彼の偉業を称えました。

オリンピック後

全米の英雄となったハイデンですが、オリンピック後あっさりとスケート競技から引退し、医学部へ戻ることを表明。殺到したコマーシャル出演のオファーも全て断り、「自分の金メダルを金儲けには利用したくない」と語りました。

その後、妹のベスの影響を受け、自転車競技のプロロードレース選手に転身。1985年には全米プロ自転車選手権ロードレースで初代優勝者となり、1986年にはツール・ド・フランスにも出場しました。自転車競技選手としては1990年まで現役を続けました。

人柄と影響

金メダルの在り処を聞かれた際には、「ベッドの下に突っ込んでいるよ」と答えるなど、飾らない人柄で知られています。また、「結果も大事だけど、そこに至る過程、いかに努力したか、ベストを尽くしたかがもっと重要だ」と語るなど、その哲学は多くの人々に感銘を与えました。

1988年カルガリーオリンピックで全種目入賞を果たした橋本聖子は、1992年アルベールビルオリンピックでハイデンからアドバイスを受け、1500mで銅メダルを獲得しました。橋本はハイデンのようなオールラウンド・スケーターを目標としていました。

現在、ハイデンは整形外科医として活躍しています。氷上の伝説として、そしてスポーツマンとしての彼の生き方は、これからも多くの人々に勇気と希望を与え続けるでしょう。

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