エルデーディ四重奏曲

エルデーディ四重奏曲 作品76

フランツ・ヨーゼフ・ハイドンによる「エルデーディ四重奏曲 作品76」は、1797年に作曲され、1799年に出版された全6曲で構成される弦楽四重奏曲集です。この作品群は、当時のパトロンであったヨーゼフ・エルデーディ伯爵からの依頼を受けて作曲され、同伯爵に献呈されたことからその名で呼ばれています。ハイドンの膨大な弦楽四重奏曲の創作の中でも、特に演奏機会が多く、広く親しまれている傑作として位置づけられています。

この作品集の大きな特徴として、全6曲のうち4曲に特定の愛称が付与されている点が挙げられます。例えば、『五度』、『皇帝』、『日の出』、『ラルゴ』といった愛称は、それぞれの楽曲の旋律的、あるいは形式的な特徴に由来しており、作品に対する聴衆の関心を一層高めてきました。

作曲の背景

作品76は、ハイドンが1791年から92年、そして1794年から95年と、二度にわたるロンドン滞在からウィーンへ帰還した後に最初に手掛けた重要な作品群です。作曲開始時点でハイドンは既に64歳を迎えていましたが、その創造力は全く衰えることなく、むしろ円熟期に入り、旺盛な創作意欲を燃やしていました。

既に楽壇の巨匠としての揺るぎない地位を確立していたハイドンは、この時期に以前の作品、例えば「アポーニー四重奏曲」（作品71と74の計6曲）で示した作曲技法をさらに発展させ、より高度で洗練された書法をこの作品76に導入しました。その結果、これらの四重奏曲は、それまでの作品を凌駕する評価を獲得し、同時代の作曲家たちのみならず、ベートーヴェンをはじめとする後続世代の音楽家たちにも多大な影響を与えることとなりました。作品76に見られる形式の自由さや、各楽器の独立した扱い、豊かな楽想などは、その後の弦楽四重奏曲の発展に決定的な役割を果たしたと言えます。

エルデーディ四重奏曲の各曲

エルデーディ四重奏曲 作品76を構成する全6曲は以下の通りです。

弦楽四重奏曲第75番 ト長調 作品76-1 (Hob.III:75)

弦楽四重奏曲第76番 ニ短調 作品76-2 (Hob.III:76) 『五度』
この愛称は、楽曲の冒頭に現れる特徴的な五度下降する動機に由来しています。

弦楽四重奏曲第77番 ハ長調 作品76-3 (Hob.III:77) 『皇帝』
作品中で最も有名な曲の一つです。第2楽章の緩徐楽章の主題が、ハイドン自身が作曲した当時のオーストリア国歌「神よ、皇帝フランツを護り給え」（現在のドイツ国歌の原曲）に基づいていることから、『皇帝』の愛称で呼ばれるようになりました。

弦楽四重奏曲第78番 変ロ長調 作品76-4 (Hob.III:78) 『日の出』
冒頭楽章の第1主題が、あたかもゆっくりと昇り始める太陽を思わせるような穏やかな上昇音形であることから、この愛称が付けられました。

弦楽四重奏曲第79番 ニ長調 作品76-5 (Hob.III:79) 『ラルゴ』
第2楽章に置かれた「ラルゴ」と記された緩徐楽章が、その格別の美しさと印象深さから、楽曲全体の愛称となりました。

弦楽四重奏曲第80番 変ホ長調 作品76-6 (Hob.III:80)

これらの楽曲は、それぞれが独自の個性を持ちながらも、全体として統一感のある高度なアンサンブル作品を形成しています。ハイドンの創意工夫が凝縮された作品76は、弦楽四重奏というジャンルの歴史における金字塔として、今日でも世界中の演奏家によって演奏され、聴衆に感銘を与え続けています。

もう一度検索