エンゼルケア

エンゼルケア（逝去時ケア）

エンゼルケアは、「逝去時ケア」とも呼ばれ、故人の逝去後に行われる一連のケア全般を指します。具体的には、身体の清拭や整容、お化粧直し（エンゼルメイク）などが含まれます。かつては「死後処置」という名称で呼ばれることもありましたが、故人への尊厳を示す現在の呼び方が一般的となっています。「エンジェルケア」は正確な表記ではありません。

医療機関においては、患者さんが亡くなられた後、ご遺族が故人とお別れし、見送られるまでの間に実施されるケアを包括的に指します。

エンゼルメイク

エンゼルメイクは、エンゼルケアの重要な要素の一つです。病気や医療処置、あるいは不慮の事故などによって変化してしまった故人の顔立ちを、生前の面影に近づけることを目的としたケアです。具体的には、顔の造作を整えたり、身体を清潔に保つための保清（体の清潔を保つこと）を行ったり、お化粧直しを施したりする、いわば「ケアとしての死化粧」を指します。

このケアは、単なる身繕いにとどまらず、ご遺族のグリーフケア（悲嘆ケア）という側面も担っています。故人の生前の個性や習慣を尊重し、「その人らしさ」を大切にした最期の装いを整えることで、ご遺族が穏やかな気持ちで故人を見送る手助けをします。故人の「最後の顔」を大切なものとして、その人らしい容貌や装いを整えるケア全般がエンゼルメイクの意味するところです。

一般的なケアの手順

逝去後の一般的なケアは、以下のような手順で行われます。

• - 遺体のリスク評価と処置の選択: 腐敗や乾燥といった死後の変化を予測し、必要な処置を検討します。
• - 腐敗・乾燥への対応: 適切な処置を施し、遺体の変化を最小限に抑えます。

これらの準備に続いて、具体的な身体のケアが行われます。

• - クリーニング（保清）: 体全体を清潔に保つためのケアです。通常、温めずに実施されます。

- 口腔内・鼻腔内のケア
- 全身の清拭（体を拭くこと）
- 患部や創傷（傷）の処置

• - 顔貌のケア:

- 下あごの固定（口が開かないように整える）
- クレンジング、ひげ剃り、保湿ケア

• - 整容:

- 衣類の着付け
- 整髪
- メイク（エンゼルメイク）

これらの手順を通じて、故人の安らかな姿を整えます。

エンゼルケアの意図と目的

エンゼルケアの根底にあるのは、故人の尊厳を最期まで守るという思想です。たとえ息を引き取られた後であっても、故人はかけがえのない一人の人間であるという視点に立ち、その尊厳を尊重します。

アメリカの看護学者ドロセア・オレムは、人を「セルフケアする存在」と定義しました。これは、自らの身体を管理し、日常生活（ADL）を営む能力を持つ存在という意味です。病気によってセルフケアの一部ができなくなった人に対し、看護はその欠けた部分を補うケアであるとしました。

これに対し、逝去後は完全にセルフケアが不可能となります。エンゼルケアは、その人が自ら行えなくなった身体的なケアを、故人に代わって行う行為なのです。これは、故人への最後の看護とも言えるでしょう。

故人の権利に関する視点

故人の権利、特に人格権についても、エンゼルケアを考える上で重要な論点となります。広辞苑によると、人格権とは「人が自己の生命、身体、自由、名誉、プライバシーなどの人格的利益について有する権利」と定義されています。

故人の人格権が存続するかどうかは法的に議論があり、様々な見解が存在します。故人の名誉を保護する刑法や、著作者の人格的利益を認める著作権法などの規定を根拠に、故人の人格権を認める考え方がある一方、故人が権利を行使できないことや、その代理人について法律の定めがないことから、死亡時に人格権も消滅するとする見解もあります。

しかし、故人の人格権自体が否定されたとしても、故人の名誉や尊厳を傷つける行為が、結果的にご遺族の人格権を侵害する可能性がある、というのが現在の一般的な考え方です。エンゼルケアは、故人の尊厳を守ることで、ご遺族の心にも配慮するケアと言えます。

医療・介護現場と葬儀社の役割

医療・介護の現場で行われるエンゼルケアが、葬儀社の提供するサービスと競合するのではないかと懸念される声も聞かれます。しかし、両者には目的と観点に違いがあります。

医療機関や介護施設におけるケアは、あくまで故人が普段通りの自然な姿でいられるよう整え、「退院」や「お帰り」の準備をするという意味合いが強いです。自宅で看取られた場合も、「お旅立ちの支度をする前に普段通りに過ごすための準備」と表現されることがあります。

これに対し、葬儀社のケアは、葬儀という儀式において多くの会葬者に対面するための「よそ行きの装い」を整えるという側面が強調されます。このように、両者の目的やエンゼルメイクの仕上がりに対する観点には、微妙な違いが存在し、相互に補完的な関係にあると言えるでしょう。

エンゼルケアは、故人が安らかに旅立てるよう、そして見送る人々が穏やかな気持ちで故人と向き合えるよう、心を込めて行われる大切なケアなのです。

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