オウシマダニ

オウシマダニ

オウシマダニ（学名：Rhipicephalus（Boophilus）microplus）は、マダニ科コイタマダニ属に分類されるダニの一種です。このダニの大きな特徴は「一宿主性」であることです。これは、卵から孵化した幼ダニが一度宿主に取り付くと、脱皮を経て若ダニ、成ダニとなり、一生のほとんどを同じ個体の宿主上で過ごす生態を指します。その名前が示す通り、主にウシを主要な宿主としますが、ウシ以外にも、ヒツジや水牛といった家畜に加え、ライオンやイリオモテヤマネコなど、多様な哺乳類に寄生することが確認されています。

媒介する疾患

オウシマダニは、いくつかの重要な感染症の病原体を媒介することが知られています。最もよく知られているのは、ウシの深刻な病気である「牛バベシア症」を引き起こす原虫（Babesia bigemina および B. bovis）を媒介することです。この病気は、ウシに貧血や発熱などを引き起こし、重症化すると死に至ることもあります。さらに、ウシの別の重要な血液寄生虫病であるアナプラズマ症の原因となる細菌（Anaplasma marginale）も媒介することが報告されています。これらの病気は、ウシの健康を損ない、畜産業に大きな経済的損失をもたらします。

近年では、ヒトにも感染し重症化することがある重症熱性血小板減少症候群（SFTS）の原因となるウイルス（SFTSウイルス）を媒介する可能性についても報告されており、人獣共通感染症の観点からも注目されています。

分布

オウシマダニは、かつて日本の九州地方から沖縄県にかけて比較的広く生息していました。しかし、家畜、特にウシに対する計画的な薬浴などの駆除対策が徹底された結果、現在では国内から完全に姿を消し、撲滅されたと考えられています。これは、日本における感染症対策の成功事例の一つと言えるでしょう。

世界的には、主に亜熱帯および熱帯地域を中心に広範な地域に分布しています。具体的には、アジア、オーストラリアの一部、マダガスカル、アフリカ南東部、西インド諸島、中南米など、温暖な気候の地域で多く見られます。かつてはアメリカ合衆国にも分布していましたが、こちらも強力な駆除プログラムによってほぼ撲滅されました。現在では、メキシコとの国境地帯などごく限られた地域で散発的に発見される程度となっています。

経済的影響

オウシマダニは、寄生や病原体の媒介を通じて、畜産業に甚大な経済的被害をもたらすことで知られています。特に、かつてアメリカ合衆国で広く分布していた頃には、同属の別のダニ (Rhipicephalus annulatus) と共に牛バベシア症やアナプラズマ症を媒介することで、年間約30億ドル（現在の貨幣価値に換算）もの損失があったと算定されています。これは、病気によるウシの死亡、生産性の低下（乳量減少、増体不良）、治療費、そして駆除にかかる費用などが複合的に影響した結果です。このような大きな経済的損失も、世界各地でオウシマダニの駆除が進められる重要な理由の一つとなっています。

日本を含む多くの国で撲滅、あるいは厳重な対策が取られている背景には、このダニが引き起こす家畜への健康被害と、それに伴う経済的損失の大きさがあると言えるでしょう。国際的な家畜衛生の観点からも、オウシマダニの監視と制御は重要な課題となっています。

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