オシメルチニブ

オシメルチニブ（タグリッソ）について

オシメルチニブは、商品名「タグリッソ」として広く知られている医薬品です。これは、がんの増殖に関わる特定の分子の働きを標的とする「分子標的薬」の一種であり、具体的には上皮成長因子受容体（EGFR）という分子の働きを阻害する「EGFRチロシンキナーゼ阻害薬（TKI）」に分類されます。オシメルチニブは、このEGFR-TKIの中でも比較的新しい「第三世代」の薬剤として位置づけられています。

どのような効果が期待できる薬か

この薬が主に使われるのは、肺癌の中でも「非小細胞肺癌」というタイプで、特にがん細胞のEGFR遺伝子に変異が見られる患者さんです。EGFR遺伝子の変異は、がん細胞が増殖や生存を続けるために重要な役割を果たしているため、その働きを薬で抑えることで、がんの進行を遅らせたり小さくしたりする効果が期待されます。

オシメルチニブの大きな特徴の一つは、これまでのEGFR-TKIによる治療を受けているうちに効果が弱まってしまった患者さん、特に薬剤への耐性に関わる「EGFR T790M」という特定の遺伝子変異ががん細胞に生じた場合にも有効性を示す点です。従来のEGFR-TKIではT790M変異がんに対する効果が限定的でしたが、オシメルチニブはこの変異を持つEGFRを標的とするように設計されています。

現在、オシメルチニブは以下の状況で使用されています。

EGFR遺伝子の変異が確認された非小細胞肺癌で、手術で完全にがんを取り除くことが難しい場合、あるいは治療後にがんが再び大きくなったり広がったりした場合の治療。
EGFR遺伝子の変異が確認された非小細胞肺癌に対して、手術でがんを取り除いた後の再発を防ぐための治療（術後補助療法）。

世界と日本での承認の歩み

オシメルチニブは、その臨床試験での良好な成績に基づき、世界各国で承認・使用されるようになりました。

米国では、2015年11月にアメリカ食品医薬品局（FDA）により迅速承認という形で承認されました。この時点での対象は、従来のEGFR-TKIで治療を受けた後に病状が進行し、かつEGFR T790M変異が確認された転移性の非小細胞肺癌でした。これは、T790M変異を持つ患者さんを対象とした2つの臨床試験の結果が根拠となっています。

欧州連合（EU）でも、これに続き2016年2月に承認されました。欧州での承認も、AURA延長試験およびAURA2試験という2つの第II相臨床試験の結果に基づいています。

日本国内では、欧州での承認からほどなく、2016年3月に厚生労働省より製造販売が承認されました。当初は、米国や欧州と同様に、他のEGFR-TKIで治療歴があり、かつT790M変異を持つ非小細胞肺癌患者さんのみが投与対象とされていました。しかし、その後実施されたFLAURA試験という大規模な臨床試験で、EGFR遺伝子変異陽性の非小細胞肺癌に対する「初回治療」としての有効性が示されたことから、2018年8月にはT790M変異の有無にかかわらず、新たに診断されたEGFR遺伝子変異陽性非小細胞肺癌患者さんに対しても、最初に使う薬剤としての適応が拡大されました。

使用するにあたって注意すべき副作用

オシメルチニブによる治療では、いくつかの副作用が報告されています。臨床試験全体での副作用発現率は86.4%でした。

特に注意が必要な、頻度は高くなくても重篤になる可能性のある「重大な副作用」としては、以下のようなものが知られています。

間質性肺疾患: 肺に炎症が起こり、咳や息切れなどが生じる可能性があり、注意が必要です。全体の発現率は2.7%ですが、日本人患者さんでは6.3%と比較的高い割合で報告されています。
QT間隔延長: 心臓のリズムに影響を及ぼし、不整脈につながる可能性が指摘されています（2.9%）。
血液細胞の減少: 血小板が減る（12.7%）、白血球の一種である好中球が減る（8.0%）、白血球全体が減る（9.2%）、貧血になる（赤血球が減る、5.1%）など、血液を作る骨髄の機能に影響が出ることがあります。
肝臓の機能障害: 肝臓の働きが悪くなる可能性も報告されています（7.8%）。

これらの重大な副作用以外にも、比較的多くの患者さんに見られる一般的な副作用があります。

皮膚症状: 発疹やニキビのような症状（37.7%）、皮膚の乾燥や湿疹（28.5%）など。
消化器症状: 下痢（36.5%）。
* 爪のトラブル: 爪の周りの炎症（爪囲炎）を含む爪の変化（23.4%）。

治療中にこれらの副作用やその他の気になる症状が現れた場合は、自己判断せず、必ず医師や薬剤師に伝えることが大切です。副作用の程度に応じて、医師は薬の量を調整したり、一時的に休薬したりするなどの対応を行います。患者さん自身も体調の変化に注意し、医療スタッフと連携しながら治療を進めることが重要です。

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