オットー・フォン・ゲーリケ

オットー・フォン・ゲーリケ（Otto von Guericke、1602年11月30日 - 1686年5月21日）は、17世紀のドイツで活躍した傑出した人物です。彼は単なる物理学者や工学技師にとどまらず、政治家として故郷の復興に尽力した多才な人物でした。特に真空に関する画期的な研究で科学史に名を刻んでいます。

人物と生涯

マクデブルクの貴族の家に生まれたゲーリケは、ドイツ国内で法学と数学・工学を学び、さらにイギリス、フランス、オランダでの留学を通して見識を深めました。故郷に戻った後は、エルフルトで技師として働いた経験を経て、1627年にはマクデブルクの市会議員となります。三十年戦争の動乱期には市を一時離れ、スウェーデン軍に身を投じる時期もありましたが、1646年には市長に選出されます。戦争によって壊滅的な被害を受けたマクデブルクの再建に生涯を捧げ、政治家としても大きな功績を残しました。1686年に83歳でその生涯を閉じました。故郷にある「オットー・フォン・ゲーリケ大学マクデブルク」は彼の名にちなんで名付けられています。

科学的業績

ゲーリケの科学研究は、主に大気圧と静電気の分野に集中していました。中でも特筆すべきは、長らく哲学者や科学者の間で議論の的となっていた「真空」の存在に関する探求です。

真空と大気圧の研究

当時の支配的な考え方であるアリストテレス以来の「自然は真空を嫌う（真空嫌悪説）」という思想は、真空という状態は物理的に存在しないとするものでした。ゲーリケはこれに疑問を抱き、実験による実証を目指しました。

1650年、彼は画期的な装置、すなわち真空ポンプを発明します。これは、任意の容器に接続し、シリンダーとピストンを使って容器内の空気を効率的に排出できる装置でした。彼はこの真空ポンプを用いて、真空状態における様々な実験を行いました。例えば、真空中では音が伝わらないこと、燃焼に必要な酸素がないため火が消えること、そして果物などが腐敗しにくいことなどを実証しました。

ゲーリケの最も有名な実験は、「マクデブルクの半球」を用いたものです。これは、直径約50センチメートルの銅製の半球を二つぴったりと合わせ、その内部を真空ポンプで空気を抜くというものでした。内部が真空状態になると、外側からかかる大気圧の力によって二つの半球は強力に密着し、大人数で引っ張っても分離することが非常に困難であることを示しました。この劇的な実験は広く知られることとなり、特に1663年にはベルリンで、ブランデンブルク選帝侯フリードリヒ・ヴィルヘルムを含む多くの観衆の前で、合計24頭の馬を使って半球を引き離そうとするデモンストレーションが行われました。馬が半球を分かつことができなかった様子は、大気圧の力の巨大さを印象づけました。

これらの実験は、真空嫌悪説に対する強力な反証となり、「真空は存在する」ことを明確に示しました。さらに、ゲーリケは半球を引き合わせている力が、真空自体の「吸引力」ではなく、半球の外側からかかる大気（空気）の圧力であることを正しく理解し、証明しました。これは、後の物理学における気体や流体の研究の基礎を築く上で非常に重要な発見でした。

また、ゲーリケは大気圧の変動にも関心を寄せました。彼は気圧計を製作し、これを用いて科学的な根拠に基づいた天気予報を初めて試みました。これは気象学の歴史において画期的な出来事です。加えて、容器から空気を排出する前後の重さの差を測ることで、空気の重さを算出することにも成功しました（その値は1リットルあたり約1.3グラムと、現代の値とほぼ一致していました）。彼は、空気の重さを量るために使用した天秤が、日によって傾きを変えることに気づき、これが大気圧が常に一定ではなく変動していることの証拠であると洞察しました。

静電気の研究

ゲーリケは晩年、電気現象の研究にも取り組んでいました。この分野での彼の功績として特筆されるのは、世界で初めて実用的な静電発電機（摩擦起電機）を発明したことです。これは、硫黄の球体を回転させながら摩擦することで静電気を発生させる装置でした。残念ながら、この分野に関する彼の研究成果は後世にあまり多く伝わっていませんが、電気学の初期において重要な一歩を記した人物として評価されています。

オットー・フォン・ゲーリケは、科学者としては真空、大気圧、そして初期の静電気研究において、工学技師としては画期的な真空ポンプの発明において、そして政治家としては戦火で荒廃した故郷の復興において、それぞれの分野で大きな足跡を残しました。彼の多大な功績は、現代の物理学や気象学の発展に繋がっています。

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