オヤヂの宝島

オヤヂの宝島：手塚治虫の幻のデビュー前作品

手塚治虫がプロデビューする前の1946年以前に執筆された『オヤヂの宝島』は、後に彼の代表作となる『新寳島』の原型ともいわれる貴重な作品です。正確な執筆時期は不明ですが、1945年から1947年頃にかけて描かれたと推測されています。手塚自身の自伝『ぼくはマンガ家』には1000ページの大長編と記されていますが、現存するのは前半部分の約300ページのみ。残りの700ページが実際に執筆されたのか、戦時中の混乱で失われたのかは謎に包まれています。

現存する部分はB5版の模造紙に書かれ、製本を前提とした本格的な制作であることがうかがえます。しかし、後半部分になるにつれ章番号が重複するなど、若干の混乱が見られるのも事実です。

物語は、豪華客船の沈没事故から始まる、宝探し冒険譚です。沈没事故から生還した乗客の一人である老人が、死に際に先祖代々伝わる宝のありかを記した暗号を語り、その宝を探す冒険へと物語が展開します。しかし、現存する部分では宝島にたどり着く前に物語が途切れています。

ストーリーのクライマックスは、かの名探偵シャーロック・ホームズが怪盗アルセーヌ・ルパンのアジトに突入しようとする瞬間で終わっており、未完成のまま現在に至っています。そのため、物語全体の全貌を把握することは困難です。

興味深いのは、後の手塚作品を彩ることになる数々のキャラクターが、本作で既にその片鱗を見せている点です。例えば、アセチレンランプの原型と思われるキャラクターや、後の手塚スターとなる『ハム・エッグ』が主要人物として登場していることが挙げられます。ハム・エッグは本作で早くも悪役としての才能を開花させており、その後の活躍を予感させます。

登場人物は、主人公とされるヒゲオヤヂをはじめ、ハワイの悪党サム、サムの義弟である一銭ハゲ、星子とその恋人荒城月男、蛮波、権太といった個性豊かな面々が物語を彩ります。さらに、アルセーヌ・ルパン、シャーロック・ホームズ、ガニマール警部といった世界的にも有名なキャラクターも登場し、物語に華を添えています。

『オヤヂの宝島』は、手塚治虫の初期作品を知る上で非常に重要な作品です。未完成という点もまた、この作品の魅力の一つと言えるでしょう。その断片から、若き日の手塚治虫の才能と情熱、そして後の傑作への発展過程を垣間見ることができる、貴重な資料と言えます。

本作は手塚治虫の生前から原画展などで一部が公開され、宝塚手塚治虫記念館では原本が常設展示されています。しかし、一般への販売は2009年まで待たなければなりませんでした。2000年には非売品として単行本化されていますが、一般販売に至るまでには長い年月を要しました。これは、未完成という作品特性に加えて、資料としての価値の高さが関係しているのかもしれません。

『オヤヂの宝島』は、手塚治虫という偉大な漫画家の出発点の一端を示すだけでなく、彼の想像力と表現力の豊かさ、そして未完成作品に宿る独特の魅力を示す、非常に貴重な作品です。その謎めいた魅力は、読者に想像力を掻き立て、作品世界への没入を促すことでしょう。未完成であるが故に、読者それぞれが独自の解釈を加え、物語を完成させることができる、インタラクティブな作品とも言えます。手塚治虫の初期作品に興味のある方には、ぜひとも読んでいただきたい作品です。

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