カイドゥン隕石

カイドゥン隕石

概要

1980年の暮れ、12月30日にアラビア半島の南端に位置するイエメンの砂漠地帯へ飛来したカイドゥン隕石は、その後の詳細な分析によって、地球に届けられた隕石の中でも極めて特異な存在であることが明らかになりました。この隕石は、驚くほど多様な物質を含んでおり、研究者の間で、その起源が火星の二つの衛星の一つであるフォボスではないかという説が有力視されています。カイドゥン隕石の研究は、単なる宇宙からの飛来物としてだけでなく、火星の衛星やその周辺の宇宙環境に関する貴重な情報源として注目されています。

落下と回収の経緯

カイドゥン隕石が落下したのは、1980年12月30日のことでした。落下地点は、当時のイエメン人民民主共和国、具体的には北緯15度、東経48.3度にあたる砂漠の平原です。この場所はソビエト連邦軍の基地の近くであり、落下後すぐに隕石の回収作業が行われました。迅速な対応により、合計で841.5グラムの隕石破片が地上で確保されました。回収された隕石は、その後ロシア科学アカデミーをはじめとする世界の研究機関に送られ、詳細な分析が進められることになります。

驚異的な多様性とその組成

分類上、カイドゥン隕石は主にCR2型の炭素質コンドライトに位置づけられています。しかし、この隕石の最大の特徴は、その分類だけでは捉えきれない、内部に存在する組成の著しい不均一性です。一つの隕石塊の中に、C1型、CM1型、C3型など、異なるタイプの炭素質コンドライトに分類される物質の断片が混じり合っていることが判明しました。このような著しい不均一性は、通常の隕石ではほとんど見られない特徴です。

さらに、カイドゥン隕石からは、60種類近くもの異なる鉱物が見つかっています。中には、フロレンスキアイト（化学組成：FeTiP）のような、地球上はもとより隕石中からもほとんど発見されない稀少な鉱物も含まれていました。この豊富な鉱物相もまた、カイドゥン隕石の複雑な成り立ちを示唆しています。

母天体フォボス説

カイドゥン隕石の起源として、火星の衛星フォボスが有力な候補と考えられているのは、その特異な組成に理由があります。特に、一般的な隕石にはほとんど見られないアルカリ成分に富んだ破片が発見されたことが、この説を強く後押ししています。

フォボス起源説のシナリオは、以下のように描かれています。フォボスは、火星に近接した軌道を周回しており、その表層には火星由来の物質に加え、他の天体との衝突によって供給された物質などが混ざり合っていると考えられています。そのため、フォボスの表層は、多様な組成を持つ物質が寄せ集まった状態になっていると推測されます。このようなフォボスの表層に、別の天体が衝突した際、その衝撃で物質が宇宙空間に弾き飛ばされ、それが長い旅を経て地球に落下し、カイドゥン隕石となった、というものです。

この説が正しければ、カイドゥン隕石は、フォボスの地下構造や、火星近傍の宇宙空間に漂う物質に関する極めて貴重なサンプルとなります。その研究は、火星衛星の形成史や、太陽系初期の物質進化について新たな知見をもたらす可能性を秘めています。

科学的な意義

カイドゥン隕石は、その比類なき組成の多様性と、火星の衛星フォボス起源の可能性という点で、惑星科学において非常に重要な位置を占めています。地球上の研究室で、フォボスのサンプルを直接分析できるかもしれないという期待は、将来の火星衛星探査計画にも影響を与える可能性があります。今後も、この特異な隕石の研究から目が離せません。

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