カリガリ博士

『カリガリ博士』：ドイツ表現主義の傑作と、その後の解釈

1919年に制作され、1920年に公開されたロベルト・ヴィーネ監督のサイレント[[映画]]『カリガリ博士』（原題：Das Cabinet des Doktor Caligari）は、ドイツ表現主義映画の代表作として知られています。白黒フィルムをベースに、緑や茶色などの着色が施された革新的な映像表現は、見る者の心を捉え、今日でも高い評価を受けています。

物語：錯綜する現実と狂気

物語は、精神に異常をきたしたカリガリ博士とその忠実な下僕である夢遊病患者チェザーレによる連続殺人事件を描きます。語り手であるフランシスが、奇妙な出来事を回想する形式で物語は展開。直線的なストーリー展開が主流だった初期の映画において、本作は複雑で非線形的な物語構造を採用した先駆的な作品と言えるでしょう。

フランシスは友人アランと共に、カリガリ博士のカーニバルを見物します。そこで、アランはチェザーレに寿命を尋ね、「明日の夜明けまで」と告げられます。翌日、アランは殺害されているのが発見されます。その後も村では殺人が続き、フランシスはジェーンとその父オルセン博士と共に、事件の真相を追い求めます。

カリガリ博士は、チェザーレにジェーンを殺害させようとしますが、チェザーレはジェーンに心を奪われ、殺害をためらいます。追跡の末、チェザーレは心臓発作で死亡します。フランシスはカリガリ博士を追い詰め、精神病院へとたどり着きます。そこで、院長こそがカリガリ博士であり、事件の黒幕であることが明らかになります。

しかし、この物語はフランシスの回想であり、彼は精神病院の患者であることがラストシーンで明かされます。つまり、これまでの物語はフランシスの妄想だったのです。この衝撃的なラストは、現実と狂気の境界を曖昧にすることで、見る者に深い印象を与えます。

制作と背景：ドイツ表現主義と社会情勢

当初、監督にはフリッツ・ラングが予定されていましたが、スケジュールが合わず、ヴィーネが監督に抜擢されました。脚本は、当初より過激な内容でしたが、プロデューサーの意向により、改稿されたと言われています。セットデザインは、アルフレート・クビーンやヘルマン・ヴァルムといったドイツ表現主義の画家たちが手がけました。彼らの手による歪んだセットや照明は、作品の世界観を決定づける重要な要素となっています。

撮影は1919年末から1920年初頭に行われ、同年2月にベルリンで初公開されました。日本公開は1921年5月で、活動弁士による解説付きの上映が主流でした。竹久夢二も鑑賞し、その感想を雑誌に寄稿しています。

映画的特徴：革新的な表現手法

『カリガリ博士』は、その独特の表現手法において高く評価されています。歪んだセット美術、不安感を煽るメイクと衣装、心理状態を視覚的に表現した字幕、アイリスショットの多用、誇張された演技、すべて屋内での撮影、デフォルメされた家具など、様々な工夫が凝らされています。これらの要素が組み合わさり、独特の視覚的効果を生み出しています。

『カリガリからヒトラーへ』とその後

ジークフリート・クラカウアーの『カリガリからヒトラーへ』(1947年)は、本作をナチス政権やプロパガンダのメタファーとして解釈しました。カリガリ博士は独裁者を、チェザーレは盲目的に従う大衆を象徴しているという解釈です。しかし、この解釈は近年では多くの映画研究者から批判されており、歴史的背景を無視した空想的な論であると指摘されています。トーマス・エルゼッサーは、クラカウアーの解釈の矛盾点を指摘し、ドイツ表現主義映画の独自のスタイルは、アメリカ映画の台頭に反論する試みだったという説を唱えています。

後世への影響

『カリガリ博士』は、フィルム・ノワールやホラー[[映画]]に多大な影響を与えました。アルフレッド・ヒッチコックなど、多くの映画監督が本作を参考にしたと言われています。また、音楽や漫画、舞台作品など、様々な分野で本作へのオマージュやリスペクトが見られます。

まとめ

『カリガリ博士』は、その革新的な映像表現、複雑な物語、そして後の解釈への影響など、様々な側面から見ても、映画史上に残る重要な作品です。ドイツ表現主義映画の金字塔として、これからも多くの人々を魅了し続けることでしょう。

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