カルティエ現代美術財団
カルティエ現代美術財団（Fondation Cartier pour l'art contemporain）は、フランスを代表するラグジュアリーブランド、カルティエが設立した芸術支援のための財団です。単にカルティエ財団とも称され、フランス国内外の現代美術の振興と普及を目的として、多岐にわたるメセナ活動を展開しています。その活動規模や評価は、メルセデス・ベンツなどの著名な企業のそれにも匹敵すると評されます。
財団は1984年、当時のカルティエ社長アラン・ドミニク・ペラン氏の主導により、パリ近郊ヴェルサイユに隣接するジュイ＝アン＝ジョザの地で活動を開始しました。当初から、世界各国の現代美術作家に作品発表や交流の機会を提供するフォーラムとしての役割を担うことを目指していました。活動の拡充に伴い、1991年にはパリ市内のモンパルナス地区（14区）に新たな拠点の建設に着手。この建物は当初保険会社が発注したものだったものの、テナントとなるカルティエ側の強い意向が反映され、建築家ジャン・ヌーヴェルが設計を担当することになりました。建設工事は1994年に完了し、美術館として開館。1998年には、植物学者パトリック・ブランの設計による緑化壁がエントランスに設置されました。
財団設立30周年にあたる2014年には、国際的な美術雑誌『メゾン・デ・ミュゼ・デュ・モンド』で特集が組まれ、その中で30年間で100を超える企画展が開催された実績が紹介されました。こうした継続的なメセナ活動は、カルティエの企業イメージ向上にも大きく貢献していると言われています。
カルティエ現代美術財団の建物は、ジャン・ヌーヴェルの建築思想を体現する代表的な作品の一つです。地上7階と屋上、そして地下7階からなるこの建築は、地上部分が全面ガラス張りという大胆なデザインが特徴です。展示スペースは地下1階と地上1階に合計約1,200平方メートルが確保されており、地上2階より上はオフィススペースとなっています。建物内部には一般的な階段がなく、ガラス張りのエレベーター3基のみがフロア間の移動手段を提供します。非常用の階段は裏手の外壁に沿って2本配置されています。全体的に、装飾性を極限まで排したミニマルかつ透明感のある設計が採用されています。
この建築の最も目を引く要素の一つが、敷地と道路を隔てる高さ約8メートルのガラス壁です。これは、ヌーヴェルの他の作品、例えばケ・ブランリ美術館のセーヌ川沿いの壁などにも通じる特徴的な手法であり、パリのアラブ世界研究所のガラスファサードと並んで、彼のデザインを象徴するものとして語られることが多いです。このガラス壁の設計思想は、敷地近くに伝わるフランソワ＝ルネ・ド・シャトーブリアンが植えたとされるレバノン杉に触発されたといいます。ヌーヴェルは、街路から離れて立つその木に着目し、建物も道路から距離を置く配置とすることを決定しました。ガラス壁は独立して立つのではなく、建物本体から伸びる水平梁によって構造的に支持されており、道路からの騒音を遮断する防音効果も副次的に生み出しています。この壁があることで、歩行者の視線はまずガラスに注がれ、その奥に広がる庭園や建物本体に気づきにくいという、一般的な「建物の顔」としてのファサードとは異なる独特の様相を呈しています。
建物を囲むように配置された庭園は、ドイツの現代美術家ローター・バウムガルテンが手がけた「植物劇場 (Theatrum Botanicum)」と名付けられた作品です。バウムガルテンは、この庭を単なる建物の付属物や屋外環境としてではなく、敷地全体を用いた自身の芸術作品として構想しました。ヌーヴェルの建築と呼応するようにデザインされた庭には、敷地内に元からあった植物に加え、新たな種が植栽され、その間を縫うように曲がりくねった小道が巡らされています。中世修道院の庭園をイメージしたとも言われるこの空間は、財団がバウムガルテンの意向を尊重し、完成以来、人手を加えることなく自然の営みに任せて管理されている点が特筆されます。植物の生長、変化、そして枯死といった時間の経過そのものを作品の一部と捉え、その移ろいを鑑賞するという趣向です。また、この庭がもたらす感動は、ジャン・ヌーヴェルによる光と素材を巧みに用いた建築空間と一体となることで生まれる、相互作用の結果であると言えるでしょう。都市の中にありながら、どこか懐かしさを感じさせる木々に囲まれた庭園は、見る者に安らぎを与え、特に裏庭からは美術館の展示空間を通して表庭や外部の街路を見通すというユニークな視覚体験も可能です。
財団は、現代美術の最前線を紹介する多様な企画展を精力的に開催しています。エントランス左右のスペースは、特に大規模なインスタレーション作品のために設けられており、約3ヶ月周期で展示が入れ替えられます。ジャン・ヌーヴェル自身はこの空間を「遊牧民の空間」と表現しています。反響が大きい場合は、北野武展のように展示期間が延長されるケースもあります。1階は吹き抜けの高い天井を持ち、自然光が多く取り込める開放的な空間ですが、この特性から絵画の展示には不向きとされることもあります。対照的に、地下階は天井のごく一部からしか光が入らず、「外部から隔絶された画一的な空間」という評価もあります。しかし、財団の展示方針は「carte blanche（白紙委任状）」と呼ばれるように、基本的に展示の全権をアーティストに委ねるスタイルです。これにより、美術館側がテーマを提示するのではなく、アーティストが自身の思想や世界観を最大限に表現する機会を提供しており、これまでにない挑戦的な作品発表の場となっている点は大きいでしょう。特に1990年代以降は、三宅一生、中川幸夫、村上隆（Coloriage展）、横尾忠則、デヴィッド・リンチ、北野武といった日本人アーティストの企画展が多く開催されていることも特徴の一つです。
財団の活動は、単に作品を展示するだけでなく、建築、デザイン、ファッション、映像など、幅広い分野のアーティストに発表の機会を提供し、異分野間の交流を促進する場としての役割も果たしています。ジャン・ヌーヴェルによる革新的な建築とローター・バウムガルテンによる「植物劇場」が一体となったこのユニークな空間は、都市に開かれた芸術の発信地として、そして現代美術における重要なメセナ活動の拠点として、今日もその存在感を放ち続けています。
歴史
財団は1984年、当時のカルティエ社長アラン・ドミニク・ペラン氏の主導により、パリ近郊ヴェルサイユに隣接するジュイ＝アン＝ジョザの地で活動を開始しました。当初から、世界各国の現代美術作家に作品発表や交流の機会を提供するフォーラムとしての役割を担うことを目指していました。活動の拡充に伴い、1991年にはパリ市内のモンパルナス地区（14区）に新たな拠点の建設に着手。この建物は当初保険会社が発注したものだったものの、テナントとなるカルティエ側の強い意向が反映され、建築家ジャン・ヌーヴェルが設計を担当することになりました。建設工事は1994年に完了し、美術館として開館。1998年には、植物学者パトリック・ブランの設計による緑化壁がエントランスに設置されました。
財団設立30周年にあたる2014年には、国際的な美術雑誌『メゾン・デ・ミュゼ・デュ・モンド』で特集が組まれ、その中で30年間で100を超える企画展が開催された実績が紹介されました。こうした継続的なメセナ活動は、カルティエの企業イメージ向上にも大きく貢献していると言われています。
建築
カルティエ現代美術財団の建物は、ジャン・ヌーヴェルの建築思想を体現する代表的な作品の一つです。地上7階と屋上、そして地下7階からなるこの建築は、地上部分が全面ガラス張りという大胆なデザインが特徴です。展示スペースは地下1階と地上1階に合計約1,200平方メートルが確保されており、地上2階より上はオフィススペースとなっています。建物内部には一般的な階段がなく、ガラス張りのエレベーター3基のみがフロア間の移動手段を提供します。非常用の階段は裏手の外壁に沿って2本配置されています。全体的に、装飾性を極限まで排したミニマルかつ透明感のある設計が採用されています。
ガラスの壁
この建築の最も目を引く要素の一つが、敷地と道路を隔てる高さ約8メートルのガラス壁です。これは、ヌーヴェルの他の作品、例えばケ・ブランリ美術館のセーヌ川沿いの壁などにも通じる特徴的な手法であり、パリのアラブ世界研究所のガラスファサードと並んで、彼のデザインを象徴するものとして語られることが多いです。このガラス壁の設計思想は、敷地近くに伝わるフランソワ＝ルネ・ド・シャトーブリアンが植えたとされるレバノン杉に触発されたといいます。ヌーヴェルは、街路から離れて立つその木に着目し、建物も道路から距離を置く配置とすることを決定しました。ガラス壁は独立して立つのではなく、建物本体から伸びる水平梁によって構造的に支持されており、道路からの騒音を遮断する防音効果も副次的に生み出しています。この壁があることで、歩行者の視線はまずガラスに注がれ、その奥に広がる庭園や建物本体に気づきにくいという、一般的な「建物の顔」としてのファサードとは異なる独特の様相を呈しています。
庭園
建物を囲むように配置された庭園は、ドイツの現代美術家ローター・バウムガルテンが手がけた「植物劇場 (Theatrum Botanicum)」と名付けられた作品です。バウムガルテンは、この庭を単なる建物の付属物や屋外環境としてではなく、敷地全体を用いた自身の芸術作品として構想しました。ヌーヴェルの建築と呼応するようにデザインされた庭には、敷地内に元からあった植物に加え、新たな種が植栽され、その間を縫うように曲がりくねった小道が巡らされています。中世修道院の庭園をイメージしたとも言われるこの空間は、財団がバウムガルテンの意向を尊重し、完成以来、人手を加えることなく自然の営みに任せて管理されている点が特筆されます。植物の生長、変化、そして枯死といった時間の経過そのものを作品の一部と捉え、その移ろいを鑑賞するという趣向です。また、この庭がもたらす感動は、ジャン・ヌーヴェルによる光と素材を巧みに用いた建築空間と一体となることで生まれる、相互作用の結果であると言えるでしょう。都市の中にありながら、どこか懐かしさを感じさせる木々に囲まれた庭園は、見る者に安らぎを与え、特に裏庭からは美術館の展示空間を通して表庭や外部の街路を見通すというユニークな視覚体験も可能です。
展示スペースと活動
財団は、現代美術の最前線を紹介する多様な企画展を精力的に開催しています。エントランス左右のスペースは、特に大規模なインスタレーション作品のために設けられており、約3ヶ月周期で展示が入れ替えられます。ジャン・ヌーヴェル自身はこの空間を「遊牧民の空間」と表現しています。反響が大きい場合は、北野武展のように展示期間が延長されるケースもあります。1階は吹き抜けの高い天井を持ち、自然光が多く取り込める開放的な空間ですが、この特性から絵画の展示には不向きとされることもあります。対照的に、地下階は天井のごく一部からしか光が入らず、「外部から隔絶された画一的な空間」という評価もあります。しかし、財団の展示方針は「carte blanche（白紙委任状）」と呼ばれるように、基本的に展示の全権をアーティストに委ねるスタイルです。これにより、美術館側がテーマを提示するのではなく、アーティストが自身の思想や世界観を最大限に表現する機会を提供しており、これまでにない挑戦的な作品発表の場となっている点は大きいでしょう。特に1990年代以降は、三宅一生、中川幸夫、村上隆（Coloriage展）、横尾忠則、デヴィッド・リンチ、北野武といった日本人アーティストの企画展が多く開催されていることも特徴の一つです。
財団の活動は、単に作品を展示するだけでなく、建築、デザイン、ファッション、映像など、幅広い分野のアーティストに発表の機会を提供し、異分野間の交流を促進する場としての役割も果たしています。ジャン・ヌーヴェルによる革新的な建築とローター・バウムガルテンによる「植物劇場」が一体となったこのユニークな空間は、都市に開かれた芸術の発信地として、そして現代美術における重要なメセナ活動の拠点として、今日もその存在感を放ち続けています。
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