ガブリエル・タルド

ガブリエル・タルド：模倣と社会の探求者

1843年、フランスの地方貴族の家に生まれたジャン＝ガブリエル・ド・タルドは、社会学者、社会心理学者として、現代社会学に多大な影響を与えた人物です。当初は数学の道を目指しましたが、眼病のため断念。その後、法律の道に進みますが、再び眼病を患い、学業を断念しました。郷里で独学を続け、クールノーの影響を受けながら独自の思想を構築していきました。

裁判官としてのキャリアを歩みながら、彼は精力的に研究活動を行い、犯罪学、社会学、社会心理学に関する数々の著作を発表しました。特に注目すべきは、1886年の『比較犯罪学』と1890年の『模倣の法則』です。ロンブローゾの遺伝的犯罪観への批判を踏まえ、犯罪を模倣の観点から分析した『模倣の法則』は、社会学の分野に大きな衝撃を与え、社会学における彼の地位を確固たるものとしました。

タルドは、社会現象を「模倣」という概念を用いて説明しようとした点で特筆に値します。彼の考える模倣とは、単なる行動の反復ではなく、個人が他者から影響を受け、思想や行動を共有していくダイナミックな過程を指します。この「模倣の法則」は、社会変動や流行の拡散、社会構造の形成など、様々な社会現象を理解するための重要な鍵となりました。

タルドの社会学は、エミール・デュルケムの社会学と対比されることが多く、両者は社会学の基本的な問題をめぐって激しく論争を繰り広げました。デュルケムが社会を客観的な実体として捉える一方、タルドは社会を個人の相互作用の産物として理解しました。社会が個人の集合体であるという立場をとり、社会実在論を批判しました。犯罪についても、デュルケムが犯罪を社会の正常な機能として捉えたのに対し、タルドは犯罪を社会環境の影響として解釈しました。

彼の主要な著作『世論と群集』（1901年）では、社会心理学の分野に新たな地平を開きました。彼は、ル・ボンが提唱した群衆心理学を批判し、メディアの影響を介して形成される「公衆」という概念を提示しました。この概念は、現代社会における大衆コミュニケーションの研究に大きな影響を与えました。また、『経済心理学』（1902年）においては、経済行動における心理的要因の重要性を強調し、経済学の新たな視点を提示しました。

タルドの研究は、長らくその評価が低かった時期もありましたが、1960年代以降、ジル・ドゥルーズらによる再評価を経て、現代の社会学者や哲学者から注目を集めるようになりました。ドゥルーズは『千のプラトー』においてタルドにオマージュを捧げ、彼の思想を積極的に取り入れています。また、ブルーノ・ラトゥールも自身のANT理論においてタルドの考え方を引用し、タルドの現代社会学における重要性を再確認しています。

タルドの著作は、現代においても新たな解釈が加えられ続けています。彼の思想は、模倣、コミュニケーション、ネットワーク、といった現代社会の重要なキーワードを先取りしており、その先見性ゆえに、現代社会学においても依然として重要な位置を占めています。彼の思想は、社会のダイナミズムを理解し、未来社会を展望する上で、依然として貴重な知見を与えてくれるでしょう。

主な著作

『比較犯罪学』(1886)
『模倣の法則』(1890)
『社会法則』(1898)
『世論と群集』(1901)
『経済心理学』(1902)

参考文献

横山滋『模倣の社会学』(1995)
夏苅康男『タルドとデュルケム――社会学者へのパルクール』(2008)
池田祥英『タルド社会学への招待――模倣・犯罪・メディア』(2009)
* 中倉智徳『ガブリエル・タルド――贈与とアソシアシオンの体制へ』(2011)

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