ガラスの聖女

「ガラスの聖女」：ザ・スパイダースが提示した新たな歌声

1968年11月25日、日本の音楽シーンにおいて一時代を築いたグループサウンズの代表格、ザ・スパイダースから、通算第11弾シングルとして「ガラスの聖女」がリリースされました。この楽曲は、当時の人気作家であるなかにし礼が詞を書き下ろし、作曲は意外にも同時期に活躍していた別の人気グループ、ザ・テンプターズのメンバーである松崎由治が手がけています。編曲は、スパイダースのサウンドを支え続けたキーボーディスト、大野克夫が担当しました。

このシングル「ガラスの聖女」が、ザ・スパイダースのディスコグラフィーの中で特別な位置を占める理由の一つに、リードボーカルに井上孝之が起用された点が挙げられます。通常、スパイダースのメインボーカルは堺正章やかまやつひろしが務めることが多く、時折、井上順が歌声を披露することもありましたが、シングルA面曲において井上孝之が単独でリードボーカルを担当したのは、この「ガラスの聖女」が唯一の事例となります。彼の透明感のある歌声が、叙情的なメロディーラインと独特の世界観を持つ歌詞に見事に寄り添い、楽曲に繊細な彩りを与えています。この人選は、グループとしての表現の幅広さを示すとともに、メンバーそれぞれの個性や才能を最大限に引き出そうとする意図が感じられます。

シングルのカップリング曲として収録されたのは、「風はいい奴」という楽曲です。こちらの作詞は太田かおる、作曲はメンバーのかまやつひろし、そして編曲は大野克夫が手掛けています。そして、このB面曲では、井上順がソロでボーカルを担当しました。軽快なリズムとメロディーに乗せて、井上順らしい伸びやかで親しみやすい歌声が響きます。A面で井上孝之が聴かせた憂いのある歌声とは対照的に、明るくポップなサウンドは、このシングルの両面でザ・スパイダースの持つ多面性をリスナーに提示しています。メンバーそれぞれがリードボーカルを務める楽曲を持つことは、グループの強力な結束力と同時に、各メンバーの個々のアーティストとしての力量を示すものでした。

さらに、「ガラスの聖女」は、同グループが1969年に発表したアルバム『スパイダース'69』にも収められていますが、アルバムバージョンはシングルのテイクとは異なる別バージョンとして収録されています。このアルバム版には、シングル版にはない特徴的なサウンドが加えられており、特に編曲を担当した大野克夫が演奏する琴の音が取り入れられています。琴の音色は、楽曲の持つ東洋的な響きや、どこか神秘的な雰囲気を強調し、シングル版とはまた違った趣きを生み出しています。このように、一つの楽曲に対して複数のテイクが存在し、それぞれに異なるアレンジが施されている点は、当時のレコーディングや制作における試行錯誤、そして音楽的な探求心の深さを示すものと言えるでしょう。リスナーは、これらのバージョンを聴き比べることで、楽曲の多様な表情を楽しむことができます。

「ガラスの聖女」が発表された1968年は、日本のポピュラー音楽史においてグループサウンズが最盛期を迎えていた時代です。ザ・スパイダース自身も精力的に活動を展開し、数々のヒット曲を生み出していました。そのような中でリリースされた「ガラスの聖女」は、従来の彼らの代表曲とは一線を画す、どこか内省的でメランコリックな魅力を持つ楽曲として、グループの音楽性の幅広さを改めて印象づける一曲となりました。異なるグループのメンバーによる作曲、メンバーの普段とは異なるボーカル起用、そしてアルバム版における実験的なサウンドメイクなど、様々な要素が組み合わさることで、「ガラスの聖女」はザ・スパイダースの歴史において記憶されるべき重要な作品の一つとなっています。

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