キジも鳴かずば

長野県に語り継がれる切なく悲しい民話です。「まんが日本昔ばなし」でも取り上げられ、多くの人々にその存在を知られています。

物語の概要

物語の舞台は、犀川のほとりにたたずむ小さな村。そこには弥平という父親と、幼い娘の千代がつつましく暮らしていました。数年前の洪水で妻であり千代の母親を失って以来、二人は身を寄せ合って生きています。貧しい生活の中にあっても、弥平は娘に深い愛情を注ぐ優しい父親でした。

ある日、千代が重い病に倒れ、床から起き上がれなくなってしまいます。弥平は必死に看病しますが、千代は何も口にしようとしません。弱々しく「お母さんが作ってくれた小豆粥が食べたい」と呟く千代。それは、千代の母親が生きていた頃に一度だけ家族皆で囲んだ、大切な思い出の味でした。しかし、貧しい弥平の家には、小豆はおろか、米一粒さえありません。

娘の命を救いたい一心で、弥平は思い切った行動に出ます。夜中に村の地主の倉庫に忍び込み、わずかな米と小豆を盗み出したのです。手に入れた材料で小豆粥を作り、千代に食べさせると、不思議なことに千代の病状は回復に向かいます。やがて千代は元気を取り戻し、再び外で遊べるようになりました。

弥平が畑仕事に出かけて留守番をしていたある日、回復した喜びから千代は鞠つきをしながら歌を口ずさみます。「あずきまんま食べた、あずきまんま食べた」と、無邪気な手鞠唄は続きます。この歌を、偶然近くで畑仕事をしていた村人が耳にしていました。

その夜、村に激しい雨が降り始め、再び洪水の危険が迫ります。村人たちは川の氾濫を鎮めるため、古くからの恐ろしい習わしである「人柱」を立てることを相談していました。人柱とは、生きた人間を贄（いけにえ）として川岸に埋めることです。誰を人柱にするか話し合う中で、千代の手鞠唄を聞いた村人が、弥平が盗みを働いた事実を皆に話します。咎人を求めていた村人たちは、弥平を人柱にすることを決めました。

間もなく、役人たちが弥平の家に押し寄せます。何が起こっているのか理解できず怯える千代に、弥平は「心配するな、じきに帰ってくるから」とだけ言い残し、連行されていきます。そして弥平は、川のほとりに生き埋めにされ、村を守るための人柱となってしまったのです。

父親が捕らえられ、人柱にされた原因が、自分が無邪気に歌った手鞠唄であったことを知った千代は、深い悲しみに打ちひしがれます。毎日泣き続け、誰とも口を利かなくなり、やがて村から姿を消してしまいました。

それから長い年月が流れ、千代が成長した頃のことです。ある猟師が山でキジの鳴き声を聞きつけ、鉄砲を撃ちました。キジが落ちた場所へ向かうと、そこに撃たれたキジを抱きかかえた若い娘が現れます。娘は、死んだキジに優しく語りかけます。「キジよ、お前も鳴かなければ、撃たれずに済んだのに…」。猟師はその声で、娘が千代であることに気づきます。猟師が声をかけようとしたその時、千代は撃たれたキジを抱きしめたまま、深い山の奥へと姿を消していきました。その後、千代を見た者は誰もいないと言われています。

主な登場人物

弥平: 幼い娘・千代を男手一つで育てる父親。数年前の洪水で妻を亡くして以来、貧しいながらも千代を深く愛し、守ろうと努めています。娘の病を治すため、止むを得ず地主の蔵から米と小豆を盗みますが、そのことが千代の無邪気な歌によって露見し、村の「人柱」として犠牲になります。
千代: 弥平の娘。物語の初めは鞠遊びを好む明るい子供でしたが、自分の歌が原因で父親が人柱にされたことを知り、心を閉ざしてしまいます。言葉を発さなくなり、村を離れます。物語の終盤には成長した姿で登場し、撃たれたキジに語りかける場面が描かれますが、その後の消息は不明です。
地主: 村の裕福な人物。弥平が娘のために米と小豆を盗んだ相手です。
千代の母: 数年前に洪水の犠牲となった千代の母親。生前、千代が病の時に欲しがった小豆粥を作ったことがあり、それが千代にとって大切な思い出の味となっています。
村人: 犀川の氾濫を恐れ、「人柱」の風習に頼ろうとします。千代の手鞠唄から弥平の盗みを知り、彼を人柱に仕立て上げます。千代の家の近くで畑仕事をしていた人物が、千代の歌を聞きつけました。
猟師: 物語の終盤に登場。山でキジを撃ちますが、そこで成長した千代と遭遇します。千代がキジに語りかけるのを聞き、彼女が言葉を話せるようになったことに驚きます。千代と同じ村の出身者と考えられます。

この物語は、親の深い愛情が理不尽な運命によって引き裂かれる悲劇を描き出し、多くの人々に強い印象を与えています。特に、幼い千代の無邪気な行動が父親の死を招いてしまう展開は、聴く者の胸を締め付け苦しめます。キジに語りかける千代の最後の姿は、言葉を失った娘が、同じように「鳴かなければ」という理由で命を落としたキジに、自らの境遇を重ね合わせているかのようであり、深い余韻を残します。この民話は、古来より自然の驚異や共同体の論理が個人の尊厳を凌駕することの悲しさを伝えています。

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