キチガヒ地獄

「キチガヒ地獄」

『キチガヒ地獄』（きちがいじごく）は、夢野久作による短編小説で、1932年に発表されました。当初は『改造』という雑誌に掲載され、その後、春陽堂の日本小説文庫『冗談に殺す』に収められました。当作品は、精神病院に入院している個人の独白の形式で構成されており、その内容は非常に独特で印象的です。

あらすじ

物語は、語り手が精神病院にいる院長（と自称する人物）に向かって、自らが正常に回復したと主張し、退院を請うところから始まります。彼は自信を持って、現在は北海道の炭坑王と言われた谷山家の養嗣子である谷山秀麿だと名乗りますが、実際には犯罪者であると告白します。語り手は、過去に殺人や脱獄、さらには女性誘拐や重婚といった凄惨な犯罪を犯してきたと主張。彼の口から語られる過去は、徐々に明らかになっていきます。

物語の舞台は、大正時代のある夏。語り手は仮死状態で石狩川を流れ、谷山家の別荘そばで記者に発見されます。この記者は「A」と名付けられ、彼によって語り手は新たな経歴を与えられます。数週間後、谷山家の一人娘、龍代が現れ、彼を見初め結婚する運命に導かれます。しかし、龍代は長男を出産した1年後に、自らの運命を受け入れざるを得なくなり、服毒自殺を遂げてしまいます。

語り手はここで、自身の記憶を思い出します。彼の本名は畑中昌夫。彼はかつて樺戸監獄で終身刑に就いていたが、脱獄し、新たな生活を始めていました。彼には恋人、鞆岐久美子がいて、二人は共に避難生活を送っていましたが、昌夫が発見されることとなります。

その後、Aは昌夫の正体を探り続け、ついにそのらしき証拠を手に入れます。しかし、Aは正体を突き止めたことが原因で発狂してしまい、精神病院に収容されることに。彼は、昌夫の過去が脅威であることを感じ取った副院長と共に、ある行動を起こします。

この物語は、語り手が自らのアイデンティティと向き合う過程を描きつつ、彼自身の過去の秘密を明らかにしていきます。そして、物語の最後、語り手は「私」ではないと指摘され、Aとしての記憶を戻します。このことが彼にもたらすであろう結末は、読者に深い余韻を残します。

登場人物

• - 私: 本作の語り手。自らを谷山秀麿であると主張しつつ、物語の中で彼の過去の真実を紐解いていく。
• - 谷山秀麿: 語り手が名乗るキャラクター。実は畑中昌夫であり、犯罪歴を持つ複雑な人物。
• - 谷山龍代: 谷山家の娘。秀麿との結婚を果たすが、悲しい運命に翻弄される。
• - A: 物語の鍵を握る記者。語り手の過去を探求するうちに自らも危機に陥る。
• - 畑中昌夫: 実は語り手の真の名前。暗い過去を持つ青年であり、彼の物語の中核を成す人物。
• - 鞆岐久美子: 昌夫の恋人。彼の脱獄を手助けした女性。
• - 副院長: 精神病院の副院長で、物語の核心に迫る重要な役割を担っている。

『キチガヒ地獄』は、物語の構造やキャラクターの心理に深く切り込んだ作品であり、精神病との関係性や人間のアイデンティティに対する鋭い視点を与えてくれます。

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