キリストの埋葬 (カラヴァッジョ)

カラヴァッジョ『キリストの埋葬』：バロック絵画の傑作

カラヴァッジョの『キリストの埋葬』は、1603年から1604年にかけて制作された、バロック美術を代表する傑作の一つです。この作品は、ローマのサンタ・マリア・イン・ヴァッリチェッラ教会（ヌオーヴァ教会）の右側にある礼拝堂のために描かれました。現在はヴァチカン美術館に所蔵されており、その深い感情表現と革新的な技法は、多くの芸術家に影響を与えてきました。

歴史的背景

1575年、教皇グレゴリウス13世はオラトリオ会を創設し、サンタ・マリア・イン・ヴァッリチェッラ教会を授与しました。教会は再建され、「キエーザ・ヌオーヴァ」（新しい教会）として知られるようになり、祭壇は聖母マリアの神秘に捧げられました。本作が設置された礼拝堂は「ピエタ」に捧げられ、教皇グレゴリウス13世の友人で、聖フィリッポ・ネリの熱心な信奉者であるピエトロ・ヴィットリーチェによって設立されました。

礼拝堂は教会内で特別な地位を占め、ミサもそこから行うことができました。ヴィットリーチェの死後、遺産が礼拝堂の維持に充てられ、1602年に建立されました。絵画の制作依頼は1602年に行われたと考えられ、1604年9月には、ヴィットリーチェの甥であるジローラモ・ヴィットリーチェによって絵画の代金が支払われました。ジローラモはカラヴァッジョと親交があり、彼の妻オリンツィアは、カラヴァッジョの友人であるプロスペーロ・オルシの妹でした。

批評と評価

『キリストの埋葬』は、ジュリオ・マンチーニ、ジョヴァンニ・バッリオーネ、ジャン・ピエトロ・ベッローリ、フランチェスコ・スカネッリなど、同時代の批評家たちから高く評価されました。1797年にはナポレオン美術館に展示するためにパリに運ばれましたが、後にローマに戻り、1816年にヴァチカン美術館に収蔵されました。

作品の構成

この絵画は、キリストの遺体を運ぶ人々を描いた、斜めの構図を持つ、対抗宗教改革期の作品です。キリストの死を嘆き悲しむ人々を描き、マリア（クロパの妻）の激しい動揺から、他の人物の落ち着いた感情、そしてキリストの死へと感情が下降していく様子を描いています。カラヴァッジョは、スペイン美術のように残酷に描写するのではなく、血を流さずに死んでいる、筋肉質で力強いキリストの体を表現しました。

福音記者ヨハネは、キリストの右膝と右腕を支え、ニコデモはキリストの膝を抱えています。カラヴァッジョは、キリストの安定性と、ヨハネとニコデモの不安定さのバランスをとっています。また、腕の動きにも注目すべきで、『ダマスカスへ向かう路上の聖パウロの改宗』や『聖マタイの召命』のように、本作でも死せる神の腕と純白の布が石に触れています。

悲しみに暮れるクロパの妻マリアは、天国を示唆しています。マグダラのマリアは白いハンカチで涙を拭い、顔を覆っています。聖母マリアは、伝統的な若い姿ではなく、老婆として描かれ、僧衣を身に着け、その腕は石板の外郭線と平行に置かれています。聖母の右手は、キリストの頭上に浮かび、まるで触れているかのようです。三人の女性はそれぞれ異なる苦難を表現しており、感情を補完しあっています。

左の人物は『改悛のマグダラのマリア』と同じ衣装を着ており、右の人物は『マグダラのマリアの改宗』を想起させます。これらの人物は、カラヴァッジョの作品で頻繁にモデルを務めたフィッリーデ・メランドローニであると主張されています。

影響と解釈

構図は、ミケランジェロの『ピエタ』や『フィレンツェのピエタ』と関連しており、カラヴァッジョはミケランジェロの自画像を自身の絵画に転用している可能性もあります。また、ラファエロの『キリストの埋葬』とも比較され、盛期ルネサンスの理想主義とカラヴァッジョの自然主義が対比されます。ただし、『キリストの埋葬』は、キリストの遺体が墓に入れられていないため、厳密には埋葬の場面を表しているわけではありません。

カラヴァッジョの絵画はミサを視覚的に表現したものであり、司祭がキリストの身体を捧げる場面と対応しています。祭壇が特別な位置にあったことは、この場面が日常の出来事として示唆されたことを意味します。17世紀以降、この絵画は埋葬の場面として解釈されてきましたが、古代の英雄像との関連性も指摘されています。

平らな石板は、エルサレムの聖墳墓教会にある聖墳墓を表していると解釈できます。また、カラヴァッジョは作品の左下に、薬効があるとされた植物ビロードモウズイカを挿入しています。

まとめ

カラヴァッジョの『キリストの埋葬』は、その深い感情表現、革新的な構図、そして緻密な人物描写によって、バロック美術の傑作として広く認知されています。この作品は、宗教的なテーマを人間の感情を通して表現することで、観る者に深い感動を与え、多くの芸術家たちに影響を与え続けています。

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