クイーン・アン・ピストル

クイーン・アン・ピストル：18世紀イギリスの小型拳銃

18世紀初頭、イギリスで広く愛用された拳銃に「クイーン・アン・ピストル」があります。アン女王の治世（1702年～1712年）頃に製造されたこの拳銃は、その独特の構造と歴史的背景から、火器愛好家や歴史研究家の間で大きな関心を集めています。

この拳銃最大の特徴は、その装填方法にあります。薬室と引き金が一体となった構造で、ねじ込み式の銃身（バレル）が特徴です。使用者は銃身を回転させて取り外し、薬室に火薬を入れ、弾丸をセットした後、銃身をかぶせてねじ込むことで装填を行います。このねじ込みバレル式は、クイーン・アン・ピストル以外にも様々な銃で用いられ、この形式の銃の総称としても使われています。

一見煩雑に見えるこの装填方法は、当時の技術水準において大きな利点がありました。前装式拳銃と比べて、より口径に合った弾丸を使用できるため、黒色火薬の燃焼効率を向上させ、精度を高めることに成功しました。黒色火薬の性能がまだ不完全だった当時において、この精度の向上は大きな進歩だったと言えるでしょう。

しかし、この装填方式には欠点もありました。銃身を扱う際に、うっかり落としてしまう可能性があったのです。このため、軍用銃としては採用されませんでした。例えば、1805年にアメリカ合衆国で製造された最初の制式拳銃であるハーパーズ・フェリーモデル1805は前装式フリントロック式であり、クイーン・アン・ピストルのような後装式は採用されませんでした。

クイーン・アン・ピストルは、そのサイズも様々でした。カービン銃ほどの大きさのものから、ポケットや女性のネックウォーマーに隠せるほど小型の物まで存在しました。特に小型のものは「トビー」や「マフ」と呼ばれ、護身用として富裕層に人気がありました。華美な装飾を施されたものも多く、富裕層のステータスシンボルとしての側面も持ち合わせていました。海賊が使用したという記録も多く残っており、「黒髭」ことエドワード・ティーチも愛用したと言われています。

歴史的な逸話として、イングランド内戦中の1643年、プリンス・ルパートがスタッフォードのセント・メアリー教会の風見鶏をクイーン・アン・ピストルで射撃し、命中させたという話が残っています。J.N.ジョージの著書『English Pistols & Revolvers』では、この逸話で使われたピストルはねじ込みバレル式であったと記されています。しかし、この風見鶏は現存しておらず、逸話の内容は確認できません。

クイーン・アン・ピストルは、その独特の構造と歴史的背景から、単なる火器を超えた存在となっています。装填の煩雑さから軍用としては普及しませんでしたが、護身用、そして富裕層のステータスシンボルとして、18世紀のイギリス社会にその存在感を示したと言えるでしょう。現代においても、その精巧な設計と歴史的価値から、コレクターアイテムとして高く評価されています。ゲーム作品『アサシン クリード III』にも登場し、主人公コナーの初期装備としてプレイヤーにその存在を知らしめています。

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