クラフト夫妻

クラフト夫妻（Krafft, Katia and Maurice）は、フランス出身の著名な火山学者・地球科学者夫婦、カティア・クラフト（1942年 - 1991年）とモーリス・クラフト（1946年 - 1991年）を指します。彼らは、火山の活動、特に噴火や溶岩流といった現象を間近で捉えた映像や写真の撮影における先駆者として世界的に知られています。その活動は、しばしば極めて危険な状況下で行われましたが、火山活動の現実を伝える貴重な記録として、火山学の発展や防災啓発に多大な貢献をしました。

火山への情熱の始まりと活動

カティアとモーリスは、ストラスブール大学で出会い、後に人生を共にすることになります。彼らの火山観察者としてのキャリアは、限られた貯金を使い果たして訪れたイタリアのストロンボリ山での旅行中に、噴火の光景に魅せられ、その撮影を始めたことに端を発します。人々が彼らの撮った噴火の写真に強い関心を示すことに気づいたことをきっかけに、二人は本格的に火山を巡り、その姿を映像に収める活動に打ち込むことを決意しました。こうして、彼らの世界中の火山を巡る旅が始まったのです。

夫妻は生涯にわたり、184もの火山を訪れ、調査を行いました。彼らの活動は、活動を開始したばかりの火山に他の誰よりも早く駆けつけることを常とし、そのため多くの火山学者から尊敬を集めると同時に、その大胆さから驚嘆と羨望の的となりました。危険な溶岩流のすぐそばにまで近づいて撮影を行う彼らのスタイルは、その安全性を巡って議論を呼ぶこともありましたが、彼らは地面の温度変化を感じ取るため、敢えて耐火靴ではなく普通の登山靴を好んで使用したといいます。

防災への貢献と悲劇

クラフト夫妻が記録した火山噴火の映像は、その破壊力や危険性を視覚的に伝える強力なツールとなり、火山の脅威に晒されている地域社会の防災意識向上や、行政による避難対策の推進に貢献しました。具体的な事例として、

1985年のコロンビア、ネバド・デル・ルイス火山噴火では、彼らは事前に政府へ避難勧告の必要性を訴えましたが、残念ながらその勧告は無視され、結果として発生した泥流により約23,000人もの犠牲者が出る悲惨な結果となりました。
一方で、1988年のインドネシア、マキアン島キシ・ベシ火山の噴火可能性を警告した際には、政府はその情報に基づいて島民18,000人全員を無事に避難させることができました。警告から5日後に火山は噴火し、複数の村が火山灰に埋まりましたが、人的な被害は皆無でした。
* 1991年にフィリピンのピナトゥボ山が活動を開始した際、彼らが過去に撮影したネバド・デル・ルイス火山の噴火映像が上映され、地域住民が避難の重要性を認識する上で大きな役割を果たしました。

夫妻は日本にも度々訪れており、伊豆大島の三原山噴火なども調査しています。そして、彼らの人生の幕が下りたのも、日本の地でした。1991年、長崎県の雲仙・普賢岳で火砕流が発生した際、それまで写真でしか火砕流を捉えたことがなかった夫妻は、その現象を映像に収めるべく普賢岳へと向かいました。モーリスは、最期の日となる前日の取材に対し、「火山に近づくことで死を迎えるとしても恐れない。そのおかげで23年間も噴火を見られた。明日死んでも構わない」という趣旨の発言を残しています。そして、その言葉が現実のものとなり、1991年6月3日、二人は普賢岳で発生した大規模な火砕流に巻き込まれ、命を落としました。彼らが最期までカメラを構えていた地点は、他の報道関係者がいた「定点」よりもさらに普賢岳に近く、火砕流を正面から捉えようとしていたことが知られています。

遺産と後世への影響

クラフト夫妻が残した膨大な映像や写真、そして彼らの情熱的な生き様は、今なお多くの人々に影響を与え続けています。彼らの記録は、ナショナルジオグラフィック協会のビデオや多くの出版物で紹介されています。国際火山学及び地球内部化学協会（IAVCEI）は、夫妻の偉業を記念し、火山科学や防災分野で顕著な貢献をした個人に贈られる「クラフト・メダル」を創設しました。また、彼らの生涯を描いたドキュメンタリー映画『ファイアー・オブ・ラブ 火山に人生を捧げた夫婦』（2022年公開）は高い評価を受け、アカデミー賞にもノミネートされました。最期の地である雲仙岳の麓にある雲仙岳災害記念館では、夫妻が遺した世界の火山に関する資料を展示する常設展が、民間団体との連携により2025年に開設される予定となっており、彼らの功績は今後も語り継がれていくことでしょう。

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