クララ・セレーナ・ルーベンスの肖像

ピーテル・パウル・ルーベンスが1616年頃に描いた油彩画『クララ・セレーナ・ルーベンスの肖像』は、彼の娘であるクララ・セレーナの5歳頃の姿を捉えた作品です。この肖像画は、ヨーロッパ絵画史における子供の肖像画の傑作の一つとして広く認識されています。ルーベンスの最初の妻であるイザベラ・ブラントとの間に生まれたクララ・セレーナは、ルーベンスにとって特別な存在であり、その愛情がこの絵画を通して伝わってきます。

作品の背景

17世紀に入ると、子供の肖像画は以前ほど珍しいものではなくなりました。特にオランダやフランドルでは、市民階級の子供たちが描かれることが増えました。ルーベンス自身も、自分の子供たちの表情を捉えた素描やスケッチを数多く残しており、これらの習作は、彼の子供たちへの愛情と芸術的な探求心を同時に示しています。これらの習作は、親密で生き生きとした描写が特徴で、子供たちの個性を捉えるルーベンスの卓越した能力がうかがえます。

本作『クララ・セレーナ・ルーベンスの肖像』は、ルーベンスの長女であるクララ・セレーナを描いたものと推定されています。彼女は1611年3月に生まれ、絵画に描かれている彼女の年齢は5、6歳程度と見られ、制作年と矛盾しません。彼女の目じりの上がった印象的な目と額の生え際の形は、母親であるイザベラ・ブラントによく似ています。しかし、クララ・セレーナは1623年10月にわずか12歳で亡くなっており、この作品は彼女の幼少期の貴重な記録となっています。

作品の特徴

ルーベンスはこの作品で、クララ・セレーナの顔を際立たせるために意図的に色彩を用いています。彼女の肌の暖かい色調は、背景や衣服の灰褐色の色調とは対照的で、見る人の目を自然と彼女の顔に引きつけます。赤らんだ頬と鼻の上の白いハイライトは、彼女の若々しい活力と生命感を強調しており、その表情は生き生きとしています。衣服の描写はスケッチ風で、一見すると未完成のように見えるかもしれませんが、これは売却用ではなく、個人的な記念として制作された肖像画の特徴と言えます。ルーベンスは、娘の顔の描写に焦点を当てることで、彼女の愛らしい魅力を最大限に引き出しているのです。

この作品は、ルーベンスの娘への愛情が深く込められた個人的な作品であり、そのために技術的な完成度だけでなく、感情的な深みが加わっていると考えられます。子供の肖像画というジャンルにおいて、ルーベンスは単に外見を描写するだけでなく、その内面や感情を捉えようと試みています。この作品は、ルーベンスの子供に対する愛情、そして卓越した芸術的才能の両方を示す、非常に貴重な作品と言えるでしょう。

作品の来歴

『クララ・セレーナ・ルーベンスの肖像』は、おそらく1712年にリヒテンシュタイン公国ヨハン・アダム・アンドレアスによって購入され、現在ではウィーンのリヒテンシュタイン美術館に所蔵されています。この美術館は、バロック美術の傑作を数多く所蔵することで知られており、ルーベンスのこの肖像画もその重要なコレクションの一部となっています。

まとめ

『クララ・セレーナ・ルーベンスの肖像』は、ルーベンスが愛娘を描いた肖像画として、子供の肖像画における傑作と評価されています。この作品は、その芸術的な価値だけでなく、ルーベンスの娘への深い愛情を伝える貴重な記録でもあります。リヒテンシュタイン美術館を訪れた際には、ぜひこの作品を鑑賞し、ルーベンスの芸術と家族への愛情を感じてみてください。

参考資料

山崎正和・高橋裕子『カンヴァス世界の大画家13 ルーベンス』、中央公論社、1982年
リヒテンシュタイン美術館公式サイト、ルーベンス『クララ・セレーナ・ルーベンスの肖像』 (英語)

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