クルト・ヴァルトハイム

クルト・ヴァルトハイム：国連事務総長とオーストリア大統領の複雑な生涯

クルト・ヨーゼフ・ヴァルトハイム（1918年-2007年）は、オーストリアを代表する政治家の一人であり、国際連合事務総長、そしてオーストリア大統領という重要な地位を歴任しました。しかし、彼の輝かしい経歴の裏には、第二次世界大戦中にナチス突撃隊に所属していたという暗い過去が影を落とし、生涯を通して大きな議論の的となりました。

若き日のヴァルトハイムとナチスとの関わり

ヴァルトハイムはウィーン近郊で生まれました。オーストリアがナチス・ドイツに併合された直後、彼は国家社会主義学生同盟に加わり、後にナチス突撃隊の将校としての地位に上り詰めました。この経験は、後の彼の政治活動に大きな影響を与え、生涯にわたって議論の的となることになります。

国際舞台での活躍：国連事務総長への道

ウィーン大学で法学博士号を取得した後、ヴァルトハイムはオーストリア外務省に入省し、外交官としてのキャリアをスタートさせました。パリ、カナダといった国々で外交官として活躍した後、国連のオーストリア代表に就任。その後、オーストリア国民党に所属し、連邦外務大臣を務めるなど、国内政治にも深く関与しました。

1971年、ヴァルトハイムは国連事務総長選挙に出馬します。激しい競争の末、紆余曲折を経て、彼は第4代国連事務総長に選出され、1972年から1981年までその職務を全うしました。在任中は、中東和平に向けた努力や国際協調の推進に尽力しました。特に、1977年にはエジプトを訪問し、サダト大統領と会談し、中東和平国際会議の開催に向けた努力を続けました。

しかし、事務総長の再選を目指した1981年の選挙では、中国による拒否権行使などの政治的駆け引きにより、再選を断念することとなりました。

オーストリア大統領と「ペルソナ・ノン・グラータ」

1971年のオーストリア大統領選挙で落選したヴァルトハイムでしたが、1986年、大統領選挙に再び挑戦し、当選を果たしました。しかし、彼のナチス突撃隊員としての過去が改めてクローズアップされ、旧連合国を中心に国際的な批判が集中しました。結果として、多くの国から「ペルソナ・ノン・グラータ」（不受歓迎の人物）とされ、国際的な外交活動に大きな制限を課せられることとなりました。日本への訪問は例外的に行われましたが、アメリカ合衆国への入国は拒否されました。

ヴァルトハイムは、大統領在任中、彼の過去の行動に関する調査の対象となり、ユーゴスラビアでの残虐行為を働いたドイツ国防軍の部隊において通訳を務めていた事実が明らかになりました。しかし、戦争犯罪への関与は否定されました。1992年、大統領選挙への立候補を断念し、大統領職を退きました。

晩年と遺産

晩年のヴァルトハイムは、自身のナチス突撃隊員としての過去を認め、ユダヤ人コミュニティに対して遺書で謝罪の意を表しました。2007年、心不全のためウィーンで死去しました。

ヴァルトハイムの生涯は、成功と失敗、光と影が複雑に絡み合ったドラマでした。国連事務総長としての国際的な貢献と、ナチス過去への関与という対照的な側面が、彼の複雑な人物像を形成しています。彼の存在は、歴史の闇と、国際社会における複雑な政治力学を改めて考えさせるものです。彼の功績と過ち、そしてその後の彼の行動は、現在もなお議論の的であり続けています。

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