クレイトポン

プラトン『クレイトポン』：ソクラテスの哲学への異議申し立て

プラトン名義の短篇対話篇『クレイトポン（副題：徳のすすめ）』は、その真作性をめぐって議論が絶えない作品です。古代の文献集成であるテトラロギアに含まれるものの、その内容や構成から、プラトンの著作かどうか疑問視する声もあります。しかしながら、『国家』との類似性から、同時代の作品と認識され、研究対象となっています。

この対話篇は、アテナイの民主・復古派政治家クレイトポンとソクラテスの対話で構成されています。物語は、ソクラテスの知人から伝えられた情報から始まります。その情報とは、クレイトポンがソクラテスとの会話よりもトラシュマコスとの会話の方が面白いと語ったというものでした。

この伝聞をきっかけに、ソクラテスとクレイトポンは直接対話することになります。クレイトポンはまず、ソクラテスの哲学、特に「魂の世話の重要性」「徳から生まれる富と善」「悪は無知から生じる」「徳は教えられる」といった主張を賞賛します。これは、ソクラテスの哲学における中心的テーマであり、多くの人が共感する点です。

しかし、クレイトポンの関心は、ソクラテスの主張の表面的な部分にとどまりません。彼は、ソクラテスとその仲間が「正義」について議論する際に、その実践的な側面、つまり「徳」の具体的な知識や技術、そしてその成果について十分に説明できない点を指摘します。ソクラテスらは「徳」の重要性を説く一方で、その具体的な方法や成果については明確な答えを示せない、というクレイトポンの批判は、ソクラテスの哲学に対する鋭い洞察を示しています。

この対話篇の特筆すべき点は、その結論にあります。多くのプラトンの対話篇では、ソクラテスの問答によってアポリア（行き詰まり）に陥り、結論が出ないまま終わることがしばしば見られます。しかし、『クレイトポン』では、クレイトポンのソクラテスへの批判が一方的に展開され、ソクラテスは反論することなく、対話が終了します。この珍しい構成は、ソクラテスの哲学に対する新たな視点を与え、読者に思考を促します。

『クレイトポン』は、単なる哲学的議論にとどまらず、ソクラテスの哲学そのものへの批判を含んでいます。それは、ソクラテスの哲学の限界を浮き彫りにし、現代の読者にも新たな問いを投げかける、示唆に富んだ作品と言えるでしょう。

特に興味深いのは、クレイトポンが『国家』第1巻において、ソクラテスの考え方に批判的なトラシュマコスに同調する人物として登場している点です。この設定と『クレイトポン』の内容は密接に関連しており、両作品を合わせて読むことで、ソクラテスの哲学に対する多角的な理解を深めることができます。

『クレイトポン』は、プラトンの真作かどうかという議論も含め、多くの謎に包まれた作品です。しかし、その独特の構成と鋭い批判は、現代においても読者の思考を刺激し続けるでしょう。ソクラテスの哲学に興味を持つ人、あるいは哲学そのものについて深く考えたいと考えている人にとって、必読の作品と言えるでしょう。様々な日本語訳も出版されており、それぞれの訳者の解釈を楽しむこともできます。

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