クロロビウム門

クロロビウム門 (Chlorobi)

クロロビウム門（Chlorobi）は、細菌の主要な分類群の一つであり、細胞壁が薄く、グラム染色において陰性を示す細菌によって構成される門です。この門は、長らく緑色硫黄細菌というグループを中心に知られていました。緑色硫黄細菌は、名前が示す通り、細胞内に緑色の光合成色素を持ち、光エネルギーを利用して生育する光合成細菌です。特に、硫化水素などを電子供与体として用いるという、他の光合成生物とは異なる独特な代謝経路を持つことが特徴です。また、これらの細菌は偏性嫌気性であり、酸素が存在する環境では生育できないという性質を持っています。主に、温泉や湖沼などの嫌気的な環境に生息し、独特な生態的地位を占めています。

新たな細菌の発見とその影響

長らくクロロビウム門は、このような偏性嫌気性の光合成細菌である緑色硫黄細菌のみを含むものと考えられてきました。しかし、近年の微生物学研究の進展により、この門の多様性に関する新たな発見がなされました。2010年には、日本の長野県にある湯俣温泉の微生物マットから、全く異なる性質を持つ細菌が報告されました。この細菌は_Ignavibacterium album_と命名され、緑色硫黄細菌のような光合成能力を持たず、外部から有機物を取り込んでエネルギーを得る従属栄養性を示すことが明らかになりました。さらに、酸素がなくても生育できるだけでなく、酸素が存在する環境でもある程度生育できる通性嫌気性という性質も持っていました。

この_Ignavibacterium album_の発見は、クロロビウム門の定義を大きく塗り替えるものでした。_Ignavibacterium album_は、これまでの緑色硫黄細菌とは系統的に近縁でありながら、その代謝様式や生理的性質が大きく異なっていたため、この細菌を含む新たな分類群としてイグナウィバクテリウム綱が設置されました。これにより、クロロビウム門は、偏性嫌気性の光合成細菌である緑色硫黄細菌と、通性嫌気性の従属栄養細菌を含むイグナウィバクテリウム綱という、代謝的に大きく異なる二つのグループを含む門として認識されるようになったのです。

分類上の議論と現在の記載状況

イグナウィバクテリウム綱の発見後、この新たなグループをクロロビウム門の中に位置づけることの妥当性についても議論が生まれています。2013年には、イグナウィバクテリウム綱をクロロビウム門から独立させ、イグナウィバクテリウム門として扱うべきだという提案もなされました。これは、緑色硫黄細菌とイグナウィバクテリウム綱の間には、光合成能力の有無、酸素への応答性、細胞構造など、重要な特徴において大きな違いがあることを根拠としています。ただし、2024年現在も分類体系は流動的であり、これらのグループの関係性についてはさらなる研究が進められています。

2018年7月の時点における、クロロビウム門に正式に記載されている種数は以下のようになっています。

緑色硫黄細菌のグループ: 1つの科（Chlorobiaceae）に属する6属14種が記載されています。
イグナウィバクテリウム綱: 2つの科（Ignavibacteriaceae、Melioribacteraceae）に属する2属2種が記載されています。

このように、クロロビウム門は、従来の光合成を行う偏性嫌気性細菌というイメージから、従属栄養性や通性嫌気性を示す細菌も含む、多様な代謝・生理的性状を持ったグラム陰性細菌の集まりとして捉えられています。これは、分子生物学的な手法を用いた詳細な系統解析や、培養が困難であった新規微生物の探索が進んだ結果であり、細菌の多様性とその分類体系の複雑さを示す好例と言えるでしょう。

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