グッドバイ、バッドマガジンズ

グッドバイ、バッドマガジンズ

『グッドバイ、バッドマガジンズ』は、2022年10月28日に公開された日本の劇映画です。横山翔一が監督・脚本を手がけ、主演は杏花が務めました。本作は、主に2010年代にコンビニエンスストアの棚を飾っていた男性向け成人雑誌の編集現場を舞台に、その衰退期におけるリアルな様相を描き出しています。

作品の背景とテーマ

物語が焦点を当てるのは、雑誌というメディアの形態が大きく変貌しつつあった時代です。当時の成人誌は、付録としてDVDを同梱することが一般的となり、その影響で紙媒体としての誌面は縮小を余儀なくされていました。カラーグラビアを除けば、モノクロページは縮小の一途をたどり、営業部門からは取材費抑制のため、独自の読み物記事すら削るよう圧力がかかる有様でした。さらに、雑誌に掲載される写真は、ほとんどがAVメーカーから提供されたものであり、編集部が独自に撮影を行う機会は皆無に等しかったといいます。つまり、エロを扱う仕事でありながら、そこで働く編集者たちが「生身の裸」に触れる機会は一切ないという、ある種の皮肉や悲哀がそこには存在しました。映画では、このような編集部の内情や、営業部門との間で繰り広げられる軋轢などが生々しく描かれています。

一般的なこの種の作品が、往年の「黄金時代」を描いてからその後の凋落を描くことが多いのに対し、本作では上昇気流に乗るような華やかな時代は一切描かれません。代わりに、業界が低迷していく厳しい現実の中で、登場人物たちがそれぞれに自己を見つめ直し、自身の居場所や新たな道を探求していく姿が主題となっています。監督自身が成人誌の黄金時代を体感しておらず、遠い昔の出来事だと感じていたことが、このような視点を選んだ理由だと語っています。

制作エピソード

本作は、当初自主製作映画として企画・制作がスタートしました。監督の横山翔一が、元成人雑誌編集者であったプロデューサーの宮嶋信光と出会ったことから、「エロ本編集者の話は面白い」という発想が生まれ、2018年頃に構想が練られ始めました。初期の構想では、当時オリジナルビデオ制作会社に勤務していた宮嶋の経験から、エロVシネマの流れを汲んだ「エロ本編集プロダクションの女性が、初めてAV撮影現場に取材に行くと、高校の同級生が女優だった」という設定を核とするバディものだったといいます。劇中に登場する詩織とハルのバディ関係には、この初期構想の名残が見られます。しかし、一度は企画が頓挫します。

その後、雑誌編集部におけるブラック企業的な側面をネタにした構想自体は面白かったため、横山監督は取材を続けて準備を進めていました。転機となったのは、宮嶋氏が会社を退職したことと、2019年に大手コンビニエンスストアチェーンが成人向け雑誌の取り扱いを中止することを発表した出来事でした。この社会的な動きを背景に、横山監督が宮嶋氏に改めて映画としてのプロデュースを持ちかけたことで、企画が再び動き出します。作品には、宮嶋氏の編集者時代の実体験が数多く盛り込まれており、さらに宮嶋氏の広範な人脈を通じて、約30人もの編集者や雑誌社の営業担当者などから徹底した取材や聞き取りが行われました。その結果、単一の主人公だけでなく、様々な立場の編集部員を描く群集劇として物語が構築されました。なお、企画段階のタイトル案には、『エロ本・イズ・デッド』というものが存在しました。これは、なかなか「死なない」エロ本業界を、ゾンビ映画になぞらえたユーモラスなタイトルでした。

自主製作という形式で制作が開始されたことは、作品に大きな影響を与えました。完成後に配給会社として日活との出会いがあり劇場公開に至ったため、制作初期段階においては特定の配給元や関係者に対する「忖度」が不要となり、自由で奔放なシナリオや演出方法が実現したとされています。また、プロデューサーである宮嶋氏の最初の大きな仕事は、文化庁のコロナ禍における文化芸術活動支援事業「AFF（ARTS for the future!）」の助成金獲得でした。これに対し、横山監督は「この国もまだ捨てたもんじゃない」とコメントしています。

劇中の編集部はスタジオセットで再現されていますが、その内装や雰囲気は、かつて大洋図書から出版されていた実話誌『実話ナックルズ』の実際の編集部が参考にされています。

本作はエロ本制作の舞台を描きながらも、実際の映像に裸の描写はほとんど含まれていません。これは、劇中で描かれる当時のエロ本編集者たちが、提供された素材を扱うため「裸を見る機会が全くない」という現実のオマージュであると同時に、映画のレイティングをPG12（12歳未満の観覧には保護者の助言・指導が必要）に抑えるという明確な意図があったためです。

物語（あらすじ）

物語の舞台は2018年。オシャレなサブカルチャー雑誌を愛読する森詩織は、大学の先輩の伝手を頼りに、念願の出版社に就職します。しかし、入社初日に、彼女が志望していたサブカル雑誌『GARU』の休刊が発表され、配属されたのは、オシャレとはかけ離れた、卑猥な写真と猥雑な言葉が飛び交う男性向け成人雑誌の編集部でした。当初は想像していた仕事とのギャップに意気消沈する詩織でしたが、女性編集長の澤木や女性ライターのハルといった、女性でありながら「エロ」という分野を探求する先輩たちの姿に触れるうちに、成人雑誌という仕事に対して次第に興味を抱き始めます。

しかし、そんな折、編集部で取り扱っていた雑誌において、見過ごすことのできない「とんでもないミス」が発覚します。この一件を境に、共に過酷な業務を乗り越えてきた同僚の編集者たちが次々と会社を去っていきます。長時間労働による心身の疲弊に加え、詩織は追い打ちをかけるように、さらに衝撃的な事実を知ることになります。物語は、新人編集者・詩織の目を通して、業界の裏側、働く人々の人間関係、そして出版業界が直面する厳しい現実を描き出していきます。

編集部には、元スチールカメラマンの向井、ビデオ編集担当の酒本、古参の局長・河田、編集部から疎まれる営業の渡奴、独立心の強い羽賀、中途採用の戸塚、冷酷な営業本部長・黒岩、会社に寝泊まりする宮沢、サブカル誌から異動してきた徳山など、個性豊かな面々が登場します。彼らはそれぞれに悩みや葛藤を抱えながら、雑誌制作の最前線に立っています。また、編集部周辺の関係者として、元AV女優で作家のあさひなハルや、向井の妻である向井愛子なども登場し、物語に深みを与えています。

評価と反響

本作は、そのリアルな描写が高く評価されました。ライターの安田理央は、本作を観て「エロ本編集部を舞台にすると聞いて、どうせまた現実離れした話だろうと思っていたら（中略）リアルな描写に胸を押さえたくなった」と、業界の描写の正確さに感銘を受けたことを述べています。映画評論家のくれい響は、本作を「エロ本版『ハケンアニメ!』」と評し、働く人々の情熱や葛藤を描いた作品として位置づけています。

劇場公開後、本作は大きな反響を呼びました。2022年10月28日の東京での劇場公開に続き、2023年1月20日からは改めて全国での拡大公開が決定。さらに、2023年11月にはテアトル新宿で再び凱旋上映されるなど、異例のロングランヒットを記録しました。11月8日には上映1周年記念イベントも開催されるなど、観客からの支持を集め続けました。拡大公開決定の記者会見では、プロデューサーの宮嶋氏が、劇中で描かれた出来事の元ネタの一つである「モザイク漏らし事件」について改めて謝罪する一幕もあり、作品のリアリティを裏付けるエピソードとなりました。

主なスタッフ

監督：横山翔一
脚本：山本健介、宮嶋信光、横山翔一
プロデューサー：宮嶋信光、横山翔一
撮影：佐藤直紀
編集：小笠原風
音楽：伊藤資隆 他
主題歌：「パレード」ナギサワカリン
海外セールス・配給：日活
制作：ふくよか舎
製作：ピークサイド

本作は、第32回ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2022のフォービデンゾーンでの正式上映や、第42回ハワイ国際映画祭への正式出品など、国内外の映画祭でも評価されています。

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