グライディング・バード

『グライディング・バード』は、アメリカを代表するカントリー・ミュージック・シンガー・ソングライター、エミルー・ハリスが1969年にリリースした、キャリア初期の貴重なスタジオ・アルバムです。ジュビリー・レコードから型番JGS-8031として発表されました。レコードジャケットでは、彼女の名前が「Emmy Lou」と二つの単語に分けて表記されていた点も特徴的です。

この作品は、ハリスが、後に自身のキャリアを大きく左右するグラム・パーソンズと出会い、カントリーミュージックのスターとなる以前、ニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジなどでフォークシンガーとして活動していた時期の記録であると言えます。しかし、このデビュー作においても、彼女の後の作品に見られる、ジャンルにとらわれない自由な音楽スタイルの一端がすでに示されています。

収録曲は、ジョーン・バエズやジョニ・ミッチェルといった同時代の女性フォークシンガーからの影響を感じさせる自身のオリジナル曲が5曲を占めます。さらに、ボブ・ディランやフレッド・ニールのカントリーロック、ハンク・ウィリアムズのクラシック・カントリー、そしてバート・バカラックとハル・デヴィッドによるディオンヌ・ワーウィックのヒット曲をフォークポップ調にアレンジしたものなど、様々なスタイルのカバーも収められています。興味深いことに、これほど多くの自作曲を収録したアルバムは、実に1985年発表の『サリー・ローズのバラッド』まで登場しませんでした。その間、彼女の多くの作品で自作曲が2曲以上を占めることはなかったのです。

アルバムのリリース後間もなく、レーベルであるジュビリー・レコードが経営破綻したことは、この作品の運命に大きな影響を与えました。会社の閉鎖に伴い、作品の流通やプロモーションは滞り、その存在が広く知られる機会は失われてしまいました。ジュビリーが保有していた音源などの資産は、ルーレット・レコードに引き継がれましたが、このアルバムが日の目を見ることはありませんでした。シングルカットされた楽曲も、当時のビルボード・ミュージック・チャートにランクインすることはありませんでした。なお、アルバムタイトルにも冠された楽曲「Gliding Bird」は、当時の夫であったトム・スローカムが手がけたものです。後にEmusという別レーベルから、ES-12052という型番で再リリースされた際には、オリジナルのものとは異なるカバーアートが使用されました。

音楽キャリアにおける厳密な意味での最初のスタジオ録音作品ではあるものの、エミルー・ハリス自身は長年にわたり、この『グライディング・バード』を自身の公式なディスコグラフィから「なかったこと」として扱い、1975年にリプリーズ・レコードから発表された『緑の天使』（Pieces of the Sky）こそを、自身の本格的なデビューアルバムであると見なしていました。しかし、時代を経てこの作品にも光が当たるようになります。2007年にライノ・レコードから発売された、ハリスのレア音源を集めたボックスセット『ソングバード』（Songbird: Rare Tracks and Forgotten Gems）には、『グライディング・バード』のセッション時に録音された楽曲「Clocks」の短い別テイクが収録され、ファンにその存在が改めて認識されました。そして、2020年時点では、エミルー・ハリス本人の公式サイト上のディスコグラフィにおいても、『グライディング・バード』が正式に記載されるに至っています。これは、長年本人によって封印されていたこの初期作品が、最終的にその価値を認められ、キャリアの確かな一部として受け入れられたことを示唆していると言えるでしょう。

パーソネル

レイ・エリス – プロデューサー、アレンジ
ミッキー・アイヒナー – エグゼクティブプロデューサー
Souren Mozian – レコーディングエンジニア
Graffiteria – カバーデザイン、写真

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