グル・アルジュン

グル・アルジュン（Guru Arjan Dev, 1563年 - 1606年）は、シク教における五代目の精神的指導者（グル）です。父である第四代グル、グル・ラーム・ダースの跡を継ぎ、1581年から1606年まで教団を率いました。彼の指導者としての期間は、シク教団が組織的に強化され、その信仰が広く確立されていった画期的な時代として記憶されています。

アルジュンは現在のインド、パンジャーブ地方のゴーインドワールに生まれました。父は第四代グル、グル・ラーム・ダースであり、母は第三代グル、グル・アマル・ダースの娘ビービー・バーニーでした。彼の息子は、後に続く第六代グルとなるグル・ハーゴビンドです。アルジュンは父からグル位を継承した後、前任者たちが築いた基盤の上に、教団の発展と教えの深化に尽力しました。

彼の業績の中で最も重要なものの一つが、シク教の主要聖典である『アディ・グラント』（Adhi Granth）の編纂と完成です。アルジュンは、これまでのグルたちの詩（グールバーニー）を集め、さらに当時のヒンドゥー教やイスラム教の聖者や詩人、例えばカビールやファーリドといった人々の作品も加えて編集しました。この編纂作業は1604年に完了し、シク教徒が共有すべき統一された教義と精神的指針が確立されました。これは、教団のアイデンティティ形成において決定的な役割を果たしました。『アディ・グラント』は後にグル・グラント・サーヒブとして最終的な形に整えられますが、その基礎を築いたのがアルジュンでした。

また、彼はシク教の最も神聖な場所の一つであるアムリトサルの発展に大きく貢献しました。父グル・ラーム・ダースが着手した聖なる池（アムリトサル）の掘削を完成させ、その池の中央に位置するハリマンディル・サーヒブ（Harmandir Sahib、後の黄金寺院）の建設を監督しました。この寺院は、カーストや宗教の区別なく、全ての人々が分け隔てなく受け入れられるべきであるというシク教の普遍的な精神を象徴するため、四つの方向に扉が設けられました。ハリマンディル・サーヒブは、シク教徒にとって精神的な中心地となりました。

教団の経済的自立と活動資金を確保するため、アルジュンは信徒からの献金制度「ダスワンド」（収入の10%を教団に寄付する習慣）を組織化しました。さらに、広範囲にわたる信徒共同体とアムリトサルを結ぶ連絡網として、「マスアンド」（Masand）と呼ばれる代行者を任命し、彼らを通じて各地の献金や報告がアムリトサルに集まるシステムを構築しました。これにより、教団の組織運営が円滑に進み、社会奉仕活動や公共事業が可能となりました。

アルジュンの時代、ムガル帝国との関係は次第に緊張が高まっていきました。特に皇帝アクバルの死後、息子のジャハーンギールが即位すると、彼はシク教団が独自の勢力として拡大していることを警戒し始めました。決定的な対立の引き金となったのは、1606年にジャハーンギールの息子であるフスロー王子が父に対して起こした反乱でした。フスロー王子が敗れて逃亡する途中でグル・アルジュンを訪れた際、アルジュンが彼を精神的に励ましたり、あるいは経済的な支援を与えたりしたという嫌疑がかけられました。

ジャハーンギールはこの件を政治的な脅威とみなし、グル・アルジュンを逮捕するよう命じました。アルジュンはラホール（現在のパキスタン領）へ連行され、ムガル帝国の総督の厳しい追及と拷問にさらされました。彼はイスラム教への改宗を要求されましたが、自身の信仰を捨てることを断固として拒みました。伝承によれば、彼は極めて残忍な拷問、例えば熱い鉄板の上に座らされたり、体に熱い砂や熱湯をかけられたりする苦痛を受けた末、1606年5月30日にラホールで殉教しました。

グル・アルジュンの殉教は、シク教の歴史において決定的な出来事でした。彼の死は、それまで比較的平和的であった教団が、信仰を守るためには武力をも辞さないという姿勢へと転換する契機となりました。息子のグル・ハーゴビンドは、父の殉教を受けて、シク教徒を精神的な指導者と同時に戦士としても組織化する道を歩むことになります。アルジュンの信仰のための犠牲は、シク教徒にとって後世にわたる精神的な勇気と不屈の精神の模範となっています。彼が編纂した聖典と建設を指導したハリマンディル・サーヒブは、今日までシク教徒の信仰と文化の中心であり続けています。

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