グレンコーの虐殺

グレンコーの虐殺：スコットランド史に残る悲劇

1692年、スコットランドのグレンコー村で発生した虐殺事件は、イングランド政府とスコットランド内の親英勢力によって引き起こされた悲劇です。規模こそ大きくはありませんでしたが、罪のない村民が裏切りによって殺害された経緯は、国内外から強い批判を浴び、名誉革命体制に大きな打撃を与えました。

背景：名誉革命とハイランド地方

17世紀末、ブリテン島の北端に位置するハイランド地方は、ロンドンからの支配が及びにくい地域でした。地理的な隔たりに加え、言語や文化も異なり、政府の影響力は限定的でした。ウィリアム3世は、フランスとの対立を抱える中、ハイランド地方を掌握し、その屈強な兵力を味方につける必要性を感じていました。

一方、名誉革命によって王位を追われたジェームズ2世は、フランスのルイ14世の支援を受け、復権を目指していました。ハイランドの氏族は、ウィリアム3世よりもスコットランド王家の血を引くジェームズ2世に同情的であり、これがイングランド政府との対立の火種となりました。

ジャコバイトとウィリアマイトの対立

名誉革命に反発するジャコバイトは、ウィリアマイト戦争に呼応して武装蜂起しました。一時的にイングランド軍を破るも、指導者の戦死やその後の戦闘での敗北により、ジャコバイトの勢いは衰え、名誉革命体制に従う流れが主流となりました。しかし、ハイランド地方では依然としてジャコバイトの抵抗が続いており、政府は武力による威嚇が必要だと考えていました。

ハイランドの人々は、ウィリアム3世よりもジェームズ2世に親近感を抱いていました。また、イングランドとは異なるスコットランド独自の法や伝統も、ウィリアムの王位継承を正当化する根拠を弱める要因となっていました。ウィリアム支持を明確に打ち出したキャンベル氏族は、ハイランド社会では例外的な存在であり、政府は彼らを通じてハイランドの情報を収集し、懐柔しようとしました。

虐殺への経緯：犠牲者の選定

ウィリアム3世は、ハイランドの氏族長たちに対し、一定の期日までに忠誠を誓うよう求めました。期限が迫る中、氏族長たちは対応に苦慮し、亡命中のジェームズ2世に指示を仰ぎました。ジェームズ2世からの指示が遅れたこともあり、署名が遅れる氏族が現れました。

政府は、署名の遅れを理由に、グレンコーのマクドナルド氏族を粛清の対象として選びました。マクドナルド氏族は、キャンベル氏族の宿敵であり、両氏族は長年にわたり対立していました。キャンベル氏族は、マクドナルド氏族の署名の遅れを見逃さず、政府に粛清を進言しました。

虐殺事件の発生

政府は、マクドナルド氏族への制裁を決定し、キャンベル氏族出身の士官ロバート・キャンベルに、手勢を率いてマクドナルド氏族を訪問するよう命じました。キャンベルは、調査という名目でマクドナルド氏族の村に滞在し、手厚い歓迎を受けました。しかし、2月13日早朝、キャンベルは部下たちに命令を下し、マクドナルド氏族を虐殺しました。

家々に火が放たれ、族長を含む多くの人々が殺害されました。しかし、村の人口は400人以上であり、多くの人々が逃げ延びました。兵士の中には、命令の残酷さに躊躇する者もいたと言われています。逃亡者の中には、凍死や餓死する者もいましたが、生き残った人々によって事件の真相が伝えられました。

事件の影響とその後

虐殺事件の情報が広まると、国内外から非難の声が上がり、名誉革命体制は大きな打撃を受けました。ウィリアム3世の威信は傷つき、政府はこれ以上の強硬策を控えることとなりました。事件は、ジャコバイトに格好の攻撃材料を与えましたが、一方で氏族間の溝を深め、団結を困難にしました。

事件後、キャンベル氏族はスコットランド社会で孤立を深めました。一方、虐殺を生き延びた人々はグレンコーに戻り、村を再建しました。現在もグレンコー村には、事件を伝える歌が残されています。

グレンコーの虐殺は、スコットランド史における暗い出来事として、今も語り継がれています。この事件は、権力による抑圧と裏切りの悲劇を象徴し、歴史の教訓として後世に伝えられるべきでしょう。

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