ケネス・ポメランツ

ケネス・ポメランツ（Kenneth L. Pomeranz、1958年11月4日 - ）は、アメリカ合衆国を代表する歴史学者の一人であり、近代中国経済史とグローバル経済史における第一人者として広く知られています。

ポメランツは、コーネル大学卒業後にイェール大学で博士号を取得。その後、カリフォルニア大学アーバイン校歴史学部教授を経て、2012年からはシカゴ大学歴史学部教授として活躍しています。学術界への貢献は高く評価されており、2006年にはアメリカ芸術科学アカデミーのフェローに選出され、2013年から2014年にはアメリカ歴史学会の会長を務めました。さらに、2019年にはダン・デイヴィッド賞、2021年にはトインビー賞と、権威ある賞を数多く受賞しています。

彼の研究は、従来の歴史学における西洋中心的な見方を大きく転換させるものとなりました。特に、ヨーロッパとアジアの経済発展における分岐を分析した「大分岐」説は、世界の歴史研究に大きな影響を与えています。この「大分岐」に関する研究は、2000年に発表された著書『The Great Divergence: China, Europe, and the making of the modern world economy』（邦訳『大分岐――中国、ヨーロッパ、そして近代世界経済の形成』）に集大成されています。同書は、ジョン・K・フェアバンク賞、世界歴史学会著作賞を受賞し、国際的に高い評価を獲得しました。

ポメランツは、18世紀半ば頃までヨーロッパと東アジア、特にイングランドと長江デルタ地域では、生活水準や一人当たり所得がほぼ同水準にあったと指摘します。従来の通説では、ヨーロッパが東アジアよりも数世紀も先行していたとされていましたが、ポメランツは、この類似性を強調することで、ヨーロッパの特異性を相対化しました。

では、なぜ18世紀後半以降に両者の経済発展に大きな差が生じたのでしょうか？ポメランツは、その要因としてヨーロッパが環境的制約を回避できた点を挙げています。具体的には、アメリカ大陸の植民地化と化石燃料への転換です。アメリカ大陸からの資源獲得と、植民地経営を通じた富の蓄積が、ヨーロッパの経済発展を加速させた一方、東アジアはそうした外部からの資源獲得の機会に恵まれませんでした。また、ヨーロッパの効率的な財政システム、特に軍事費への投資も、経済発展を促す重要な要因でした。中国や日本の財政は軍事費が低く、ヨーロッパのような大規模な海外進出や植民地経営は困難だったのです。

ポメランツの研究は、「カリフォルニア学派」と呼ばれる歴史学の潮流に属するとされます。この学派は、既存の西洋中心史観を批判し、グローバルな視点から歴史を再解釈しようとする歴史家の集団です。ただし、明確な組織や統一された学説があるわけではありません。

グローバル経済史研究においては、スティーヴン・トピックとの共著『The world that trade created: society, culture, and the world economy, 1400-the present』（邦訳『グローバル経済の誕生―貿易が作り変えたこの世界』）を発表しています。この著作では、世界貿易の成立過程や、文化と経済の相互作用、そしてグローバル経済とモラルとの関係について考察しています。特に、アフリカにおける奴隷貿易が近代ヨーロッパの経済発展に果たした決定的な役割や、世界初の近代的工場が西インド諸島の砂糖工場だったことを指摘し、グローバル経済の負の側面についても鋭く分析しています。

ポメランツの研究は、単なる経済史にとどまらず、世界史におけるヨーロッパと東アジアの相互関係を深く理解するために不可欠なものです。彼の業績は、歴史学のみならず、社会科学全般に大きな影響を与え続けています。彼の著作は、歴史研究の枠を超えて、現代社会が抱える格差問題や暴力問題を考える上でも重要な示唆を与えてくれます。

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